第9話

 ラブ・ストライクズの出撃指令が出て五人は現場に急行することになった。


 怪獣の出現した地域は、すでに避難が終わり、五人は無人輸送機で発進する。


 肉体強化系でなくても、スーパーヒロインは一般の人間とは比べ物にならないほどの腕力、耐久力を備えている。

 そのため、現場まで一直線に飛び、文字通り落とされる形でたどり着く。


 司令官は、殆どの場合基地で指示をする。


 稀に陸路で最寄りの管制施設に直行することもあるけど、現場にまでは来ることはないので実際の戦闘では司令官よりも現場の判断の方で行われることが慣例となっている。


 キヌは毎度毎度のことながら、出撃時の輸送機に涙が出そうになる。

 高くて速いというだけでも怖いのに、これから戦闘があるという緊張と高揚でパニックになってしまう。

 自分の肩を両腕で抱え込んで固く目をつむる。


 キヌはスーパーヒロインとして戦うのが好きだった。

 もっと言えば、勝利によって褒められることが好きだった。

 他のメンバーがどう思ってるかはわからないけど、キヌはいつだって全力で挑んでいるつもりだった。


 時には、戦闘中にあくびをしている他のメンバーを見て悲しくなることもある。


 だけど、一番悲しくてやるせないのは、自分自身。

 誰よりも弱く、誰よりも戦闘で役に立ってない自分こそが許せなくなる。


「司令官、怒ってるよね。顔怖すぎたもん」


 いつも現場に急行する時は、誰よりも元気なハナが少し落ち込んだ表情で漏らした。


 特にいつもと変わらない飄々とした感じでトキが答える。


「初対面の時から、すでに顔は怖かったよ」

「背中から哀愁が漂っているというか、可哀想すぎだったよ」


 キヌはラブ・ストライクズが好きだった。


 こんな実力のない自分を見捨てずに、一緒に戦ってくれる仲間。

 だからこそ、もっと自分が頑張って勝てるようにしたい。

 人に気持ちを伝えられない、諍いがあるとつい逃げてしまう、傷つくのも傷つけるのも嫌い、そんな自分を変えたいと思っていた。


 ハナとトキはいつも輸送機で震えているキヌを励ましてくれる。

 面白い冗談や、変な顔をして笑わせようとしてくる。

 そうやって気を使わせていることすら負担になっているような気がするのだ。


 キヌは笑顔を作り、もう出撃は全然平気です、とアピールしようと話しかけた。


「ハナちゃんもようやくその域までたどり着きましたね。そうです、ゴリラは背中が愛おしいんです」

「キヌちゃん、今はゴリラじゃなくて司令官の話をしてるんだよ。確かにほぼ同一人物と言えすぎるけど」

「でもあの場ではゴリラはかわいいということでみんな納得したと思います。かわいいと言われて怒る人なんていませんよ」

「キヌチャは、愛が重すぎて相手の負担に気が付かないタイプだよね」


 座席からずり落ちそうな体勢で座っているトキがそう言った。


 ものすごい図星を指されたようで一気に体温が上昇する。

 トキはたまにこういう、一番痛いところをピンポイントで突くところがあるのだ。


「トキちゃんまで! ひどいです。私は司令官、嫌いだなんて思ったことないですよ」


 キヌは思わず拳に力を込めてそう主張する。

 思ったよりも大きな声が出てしまったので、ウメとタエを見る。


 ウメは相変わらず、落ち着いて戦闘まで集中を高めている。


 タエは、眉間にしわを寄せて難しい顔をして考え事をしているみたいだった。


 あんまり騒がしくすると、迷惑になるかもしれない。

 リーダーという立場もあるし、責任感が強いタエは、戦闘前は特に神経質になる。

 ただ、それを嫌がってる人はラブ・ストライクズにはいない。


 少なくともキヌは、重責から逃げないでいつもみんなのことを考えているタエを尊敬しているし、自分には絶対にできないと思っている。


 そんな思いを、ハナの言葉が引き戻した。


「司令官はゴリラじゃないよ。あれでもギリギリ人間なんだよ」

「それはまだわからないじゃないですか!」

「いや、そこはわかろうよ。可哀想すぎるよ」


 言い争いや口喧嘩、という深刻な事態になる前に、雑談として熱量を鎮火させる。

 こういうところでハナはものすごく空気を読む。

 普段の言動はがさつに見えるけど、大事なところではしっかりしてる。


 キヌとハナの話を聞いていたトキが、もぞもぞと身体を芋虫のように動かして座席に座り直す。


「おやおや、ハナチャもキヌチャも、ずいぶんと司令官にご執心ですなぁ。さては司令官にバの字ですかな?」


 トキが芝居がかった言い方でそう言うと、ハナは怪訝そうな顔を向けた。


「なにバの字って。ホの字じゃないの」

「バナナのバ」

「意味わからなすぎるよ。司令官にバナナってどういうこと? 薄々は想像がつくけど。好きだろうからね。確実に」


 あの司令官が大量のバナナに囲まれて、次から次へと口の中にバナナを放り込んでいる姿を想像すると、口元が緩んでしまう。


 キヌは慌てて手で口元を隠す。


 ハナとトキは、バナナのことなんてすでに忘れたように話を続けていた。


 その時装備の信号音が鳴り、通信が入った。

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