第7話
司令官の出て行った後、ハナは何も言わずにみんなの顔を見る。
最初はお互いの出方を伺うように、黙っていたけど顔を見合わせながら明らかに全員がソワソワしていた。
タエが目を細めてため息を付きながら首を傾げたのを見た瞬間、耐え切れずにハナはおもいっきり吹き出してしまった。
ハナが笑い出すと、あとはダムが決壊したみたいに大きな笑い声が続く。
ウメですら、目を細めて口元を手で隠していた。
「さすがに、あれはありえなすぎるわー」
ハナは、笑いすぎて苦しくなる呼吸と共にそう言った。
「人類か疑うレベルだったよね」
トキは携帯端末で撮った
「あの方向性は予想してなかった。おっさんとマッチョと、あとなに? 武士? 全部乗せだもん」
「うち、あんなに似顔絵の描きやすそうな人、初めて見たよ」
「言える! 誰か描いてよ。似顔絵。もうなんか、眉毛とか、唇とか、腕とか、声とか全部が『極太!』ってテーマで作られすぎてるよね」
ハナとトキが笑いながら感想を述べてると、キヌが乙女チックな仕草で上目遣いに言った。
「私はかわいいと思いますけど。ゴリラみたいで」
その言葉に、他の四人は真顔に戻って一斉にキヌを見た。
ハナはショックで思わず飛び跳ねてしまいキヌの顔をまじまじと見つめる。
「いやいやいやいや。ゴリラは可愛くなさすぎでしょ。可愛いから一番遠い生物だよ」
「かわいいですよ。ゴリラはかわいい。ゴリカワです!」
「なにそのゴリ押しみたいな新単語。はーい、じゃ、ゴリラ可愛くないと思う人こっち」
ハナが手を挙げて司令室の反対側に移動する。
しかし、みんなはキヌに遠慮したのか誰もついてこなかった。
しまった。
やっちゃったか。
つい、新しい司令官の面白ルックスにつられて暴走しすぎた。
そう思って反省すると、キヌは腕を下に伸ばして肩を怒らせている。
「ほら、みんなゴリラかわいいって。ゴリラのかわいさがわからないなんて、ハナちゃんは人の心をなくしてます」
「えー! そこまで! 好みは人それぞれじゃない。ゴリラが好きっていうのもゴリそれぞれだよ」
「ゴリラが嫌いな人なんて見たことありません!」
キヌが顔を真赤にして言う。
化粧ッケはないのに、タレ目で唇はぽってりしていて、可愛さを分析してできたような顔だ。
普段はおとなしいのに、動物とか可愛い物とか、自分の世界のことに関してはキヌはものすごく頑固になる。
ここまで主張をするキヌを見るのは久しぶりで、ハナの心の奥の方で警報が鳴った。
冗談で楽しめる部分と、機嫌が悪くなって取り返しがつかなくなる部分のラインをギリギリ踏んじゃったかもしれない。
ここからは爆弾解体処理のように慎重な対応で機嫌を戻さなきゃ。
「まぁ、確かに『ゴリラだけは許しちゃおけねぇ!』なんて普段から発言してる人はいないけどさ。嫌いな人も結構いるんじゃない」
「絶対いません!」
「わかった。ゴリラ自体はかわいいかも知れない。毛もふわふわだしね。でも、あたしが言ってるのはあの司令官はどうかって話だよ」
「あの司令官だって毛がふわふわかも知れないじゃないですか。見たんですか?」
「見なくてもわかりすぎるでしょ。あの毛はチクチク系だよ」
「チクチク系となると、話は別だよね」
トキがソファに横になりながら相槌を打った。
このソファはトキがすぐに独占するために他の者はあまり座ろうとせず、トキ専用みたいになっている。
キヌと対立したくなかったのに、トキが援護してきてこっち側につかれても困る。
ハナは下唇を噛んで上目遣いにこっちを睨みつけてくるキヌの頭をなでた。
「ごめんね、毛で差別するのはよくないよね」
「ヒヨッ……。私の方こそ、ムキになってごめんなさい!」
こういう守ってあげたくなるような女の子っぽさってどうやったら身につくんだろう、と思いながらハナは話題を切り上げるために明るい声を出した。
「どうせすぐまた変わっちゃうよ。あの司令官じゃ、スーパーヒロインのことなんてわからなすぎでしょ」
「それが超本営の狙いかもしれないわ。不人気チームだからあんまり力を入れられない。だったら私たちが逆にしっかりしないと」
状況を見守っていたタエが勢い良く立ち上がり、胸を反らす。
タエは普段からこういうふざけた雰囲気に飛び込んでくることはない。
だいたい悪乗りしすぎた自分たちを諌める立場だ。
もっと気楽にすればいいのにとは思うけど、今はいいタイミングで締めてくれた。
その言葉にみんなが力強く頷く。
「うちもそうだと思ってたよ。よーし、負けないかんね!」
トキが壁に向かって拳を振り上げる。
「トキ、誰に向かって言ってるの?」
「カメラ」
「あ、モニター。これ、音と映像記録されてますよね」
キヌが壁や天井を見回す。
「ヤッバ、そんなの長いこと気にしてなかったからすっかり忘れすぎてたよ。でもあれじゃない? あの司令官はいちいちチェックとかしないタイプだと思わない?」
ハナは焦っている自分自身に言い聞かせるようにそう言い、他のメンバーの顔を見回す。
「私なんかまずいこと言ってしまってないかしら」
タエが顔色を青くしてうつむく。
タエはまず大丈夫だ。
やばいとしたら自分とトキだろう。
ハナはそう思い不安な視線をトキに向けると、トキはカメラに向かってダブルピースをしていた。
「あの、すみません。司令官。聞こえてますでしょうか?」
虚空に向かってタエが訪ねた。
沈黙。
長い沈黙。
その沈黙の果て、タエが安堵のため息を吐く。
ついでにハナは肩の力を抜き、みんなも笑顔が戻った。
タエがその姿を見て、注意をするためか厳しい表情を作って口を開く。
「どうやら……」
『ウッホン。盗み聞きするつもりはなかったのですが』
タエの言葉を遮り、部屋のスピーカーから野太い声が響いた。
バクンッとハナの心臓は飛び跳ねるように大きく動いた。
とにかくなんとかしなければ、そう思いカメラに向かって大きく手を振る。
「ええと、今のはお芝居なんです。歓迎会の余興でやろうと思ってた。『ロボゴリラ対メカウータン 帝都大炎上』の稽古でした」
ハナが慌ててそう言うと、トキが超高速で反応し、腰を低くして手刀を構え叫んだ。
「ロボゴリラ、覚悟!」
覚悟と言われてしまったら覚悟するしかない。
ハナはロボゴリラとして第二の人生を歩む決意をし、叫んだ。
「出たな、メカウータン!」
「見ろ、このチンパンボーグがひどい目にあってもいいのか」
「ええー。私がチンパンですかぁ~」
トキは側にいたキヌを抱きしめると、キヌは悲鳴を上げた。
『……わかりました』
スピーカーから司令官の声が流れた。
ラブ・ストライクズのメンバーは顔を見合わせる。
その表情は苦い薬を無理やり飲まされた後のようだった。
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