第42話〜氷菓

「別に、助けたわけじゃないわ」


ケンイチの問いかけは、そう返された。


そこに温もりも感情も何もなく、事務的にそう答えただけのように彼には感じられた。


実際にそうなのだろう。


その目はケンイチのことを路傍の石ころをみるのと大差ないようにしか見ていない。


決していい意味でも悪い意味でも鈍感系ではないため、彼はこの少女に対してフラグも何も立っていないことを悟る。


しかしまだ少女とはいえ、ここまで整った顔をしていると、それが逆にいい、と感じたケンイチだった。


思春期男子は可能性と業の塊である。


「じゃあなんで…」


「これは読める?」


問いかけを遮るように、というかケンイチの言葉など聞いていないように、少女は一冊の本を差し出した。


古めかしいというか、革張りの丈夫そうな本だった。


表紙にタイトルはなく、背表紙にも何も書かれていない。


本を受け取ったケンイチは躊躇いながらも本を開く。


「読めるか読めないかで言われれば読めるけど…」


そもそも【言語理解】のスキル持ちのケンジからしてみれば読めるのは当然の話だ。


この本に書かれているのが適当に書かれた模様でもなければ、例え失われた言語ですら読み解くことができるチートをケンイチは持っている。


実戦ではほぼ役に立たないスキルだが、しかしこの【言語理解】だけでも本来ならば世界中の国々から引く手数多のスキルだ。


本人はまだそこまでの実感はないが。


当然のように、彼にはこの本の1ページ目に書かれた一文を読むことができた。


『このラクガキを見てふり向いた時お前は日本人』


「ってジ◯ジョネタかよ!」


某人気漫画の某占師の最期を彩る氷菓の名前をした某スタンド使いのネタに、ケンイチは反射的に突っ込んでいた。


あれは結局某氷菓の名前の人が壁に書いておいたのだろうか。


「それが読めて、さらにそういった反応をしたということは、貴方は転生者ね」


帝国を含め、勇者召喚を行なった国々は勇者をそう易々と逃すことはない。


彼らにとって勇者とは最強の兵器であると同時に、爆弾でもあるのだから。


帝国は近隣諸国の勇者候補と黒髪を血眼になって探している。


それを考えてみれば、ケンイチの行動は迂闊過ぎる上に、一般人と大差無い。


さらに異世界人であることを判別するこの本型の特殊な魔導具は、ほぼ確実に勇者か転生者を判別することができる。


黒髪に黒目、そしてほぼ確実に何かしらの特殊なスキルを所持している。


トモの予想ではそれは【鑑定】かそれに準ずる魔眼系統のスキルではないかとのことだった。


実際、ユキはケンイチが時々不自然な視線の動きと挙動をしていることを確認している。


そしてその時の手慣れてない様子から、スキルを得てからそれほど日が経っていないのではないかという判断材料にも繋がった。


というか、転生者という単語に、本人は隠してるつもりかもしれないが、あからさま過ぎる反応を見せている時点で自明の理だった。


この男はこの世界で明らかに浮いているのに、本人にその自覚はなさそうだ。

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