第41話〜知らぬままで在りたい現実

時は数刻ほど遡る。


まだ空を星々が彩る丑三つ時。


帝国近くの村からは相当な距離を移動した丘の上。


村からも帝国からも正反対の方向。


見晴らしのいい、蒼い月明かりに照らされた深緑の丘には二つの影があった。


一つは月明かりに祝福を得ているかの如く煌めく銀髪の少女。


もう一つが黒髪の、少女とは対照的に薄汚れた姿をした少年。


ユキとケンイチであった。


檻から連れ出されてから数刻、衰弱していたケンイチは逃げるためとはいえ休みなく歩き続け、ついには力尽き倒れこの丘で大の字で寝転んでいた。


渡された丸薬のようなもののおかげで、数日間動けず飲まず食わずだったにも関わらずここまで移動することができたが、それでもやはり身体は思った以上に動いてくれない。


「なぁ、なんで俺を助けてくれたんだ?」


ケンイチは少し離れた位置に立つユキに問いかけた。


雪のように真っ白で、しかし月光を弾くことで白銀に輝いているように見える髪をした、この冷たくも美しい蕾のような少女は、説明らしい説明は何一つなく彼を救い出してくれた。


当然ながらこの世界に来たばかりのケンイチに知り合いなどいないし、軽く話したりすれ違った人の中にもこんな目立つ美少女などいなかったと言える。


まさかこれがファンタジーの主人公補正だろうかと淡い期待を抱くケンイチ。


青春真っ盛りの高校生だったジョージ=ミート=謙一。


前世でもハーフである程度整った外見のおかげで女子にいきなり嫌悪感をいだかれるようなことはなかった。


しかしながら男子友達と馬鹿話やゲームをしている方が楽しかった事もあり、彼女はいなかった。


決して出来なかったわけではない。


作らなかっただけである。


当然ながら彼女……ガールフレンドは欲しかった。


そして異世界ファンタジーものにどっぷりと言えないまでも浸かっていたわけで、今の展開にときめいてしまっていても仕方がない。


もしかしたらこの女の子、俺に気があるんじゃね?などと思春期男子が期待してしまっても仕方がないことである。


ちなみにケンイチは衰弱のせいで高速で移動する事が出来なかったため、途中から少女に荷物のように担がれて運ばれてきた。


とてもシュールな光景だったことだろう。


そして残念ながら、というか当然のことながら、ユキにとってケンイチ、というかそこらの男など路傍の石と何ら変わりはない。


そのことをまだ彼は知らない。

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