第39話〜バリスター=ドラコ

バリスター=ドラコは勇者¨候補¨である。


実力で言えばそれ程でもない。


なぜならば天然の勇者ではないからだ。


いや、それを理由にしてはいけない。


天賦の才や過酷な修行によって勇者と呼ばれるようになった者たちもいるからだ。


もっとも大概は勇者ではなく英雄と呼ばれるが。


そしてそれ程でもない、とは言っても一騎当千という言葉が当てはまる程度には人間離れした実力はあるのだが。




さておきドラコである。


彼は貴族の出である。


他よりも優れた剣の才能と優秀な剣の師匠に幼少から鍛えられ、成人する頃には騎士団長クラスの実力を身につけていた。


彼が生まれたのは帝国からほど近い国であり、山と海に挟まれた場所にあった。


貴族で身分も高く剣の実力もある。


国が催した大会では初出場で優勝までしてみせた。


見た目も良く、顔の造形も整っていた彼は身分、実力、実績を兼ね揃えたまさに勝ち組だったと言える。


唯一の欠点はそれら外面で覆い隠された内心がどこまでも腐りきっていたことだろう。




ドラコは自尊心と嗜虐性の強い性質の心を持っていた。


はたから見れば努力家で強者にも挑戦する姿も、己より優れた者がいることが我慢できない狭量さと強者を下した時の快感に酔いしれるための結果でしかない。


そして強者だけでなく弱者を痛ぶることに快感を得る性癖があった。


「バリスター様、村の娘が一人薬草を摘みに行ったまま戻らないそうです」


部隊の一人が、ドラコのいる馬車へとやって来て報告を上げた。


現在帝国まであと1日足らず、といった場所まで来ている。


そのため近くの村で一晩を明かすことにしたのだ。


帝国からほど近くの村といってもせいぜいか数十人規模のもの。


宿屋などないし、村長の家であっても仮にも貴族であるドラコが一泊できるようなものではない。


そのため、ドラコは特注品の寝泊まりのできる豪奢な馬車からは一歩も出てはいない。


「そうですか。陽も暮れますし、万が一モンスターにでも襲われていてはことです。何名かを捜索に出しなさい」


ドラコは作りのいい顔を心配そうに歪め、そう命令を出した。


「承知いたしました」


扉が閉められる。


途端に誠実そうな仮面は剥がれさり、軽薄な顔をしたドラコは不快そうに息を吐く。


本来の身分であれば、形式上の部下であろうとも直接ドラコと相対することなど許されようがない。


しかし今のドラコは貴族の身分ではあるが、帝国の騎士団に所属する身。


勇者候補まで上り詰めたものの騎士団の身分である以上、このような移動中に報告を書面にして間接的に渡させるようなことはできない。


ドラコはごく限られた腹心の部下以外には誠実な外面で通しているため、先ほどのようなやり取りはストレスでしかない。


ドラコは立ち上がり本来の人を見下したような表情になった。


そして後ろの扉を開ける。


そこには村人の粗末な服を着た少女が拘束されて転がっていた。


傍らには腹心の部下の一人が。


ドラコは自虐的な笑みを浮かべ、部下が恭しく差し出してきた鞭を受け取る。


【防音】など各種のエンチャントと刻印の施された馬車の中で、ドラコは嗤う。


これこそ強者の特権だ、と。


壊れるまで愉しみ、後は部下に森の奥にでも廃棄させれば勝手にモンスターが片付けてくれる。


こうやってどれだけの民草の命を弄んできただろう。


ドラコは鞭を持ってを大きく振りかぶり




そして部下共々白い影に首を落とされて絶命した。

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