第37話〜黒髪との邂逅
この世界に黒髪は存在しない。
街の喧騒を遠目に、屋根の上で穏やかな風に白銀を思わせる白雪の髪を遊ばせながら、フェンリルの娘はたった一人の主人のことを思う。
少女のものとは違う、どこまでも色素の抜けた白髪に、黒曜石のように深みのある闇色の瞳をした青年。
初めて出会ってから数年の月日が流れ、もはや母親や姉よりも長い時を過ごしたかけがえのない存在。
少女に『ユキ』という名を与えてくれた人。
彼女は、かつてトモに教えられたことを思い出す。
この世界には黒髪は生まれない。
厳密には、この世界に最初から存在した者同士からは黒髪は生まれない。
黒髪であるということは召喚された勇者か、転生者であるということ。
それはこの世界とは別の、本当の意味で異世界。
少女とは異なる系譜の存在。
黒髪に黒い瞳が勇者。
黒髪に紅い瞳が魔王。
それがこの世界の決まり。
トモは少女にそう言った。
彼がそれをどこで知ったのかは教えてくれなかった。
この世界の勇者は金髪に碧眼。
それはこの世界のルール。
だから黒髪の人族、もしくはそれらの特徴を備えた存在には気をつけるように。
彼は彼女にそう言って、そして彼女はそれを忠実に守った。
その特徴を備えた存在が、彼女の主人にとっての敵である可能性が高いと知っていたから。
透き通るような白髪に、吸い込まれそうなほど深い黒眼の、時折光の加減で紅く輝くことのある瞳をした主人が復讐者であると知っているから。
だから彼女は、主人と共に立ち寄った街の入り口で、黒髪に黒い瞳をした青年を見かけてすぐに、傍の主人にそれを教えたのだった。
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