第36話〜バグ

処刑場から檻に入れられて馬車に乗せられてから五日が経った。


初日は大変だった。


ろくな説明も何もないまま、断首と絞首の両方ができるお得な処刑台から引きづり降ろされ、あれよあれよと言う間に両手両足を拘束されて頑丈そうな鉄の檻に投げ込まれた。


そして幌馬車に檻ごと荷物のように乗せられ延々と揺られ続けた。


酷かったのはただでさえサスペンションも何も効いてない、振動が直接伝わってくる荷台に、固定されることもなく乗せられた檻に入っていたことだ。


元の世界の道路のようにきれいに舗装されているわけでもない、精々が馬車が通れるように最低限の整備がなされた剥き出しの道を馬車が行くのだ。


初めは振動と時たま訪れる跳ねた際の衝撃に、手足の自由のないケンイチは全身を打ち付けられて痣だらけになった。


混乱や恐怖は【恐慌耐性】で抑えられたが、しかし痛みや疲労、悪環境には耐え難いものがあった。


しかし悲鳴や叫び声を上げようものなら御者と思しき男に馬用の鞭で容赦無く叩かれる。


苦痛により激しい揺れに酔うことがなかったのは不幸中の幸いと言って良いのだろうか。


食事は日に二度、朝と夜に少量の水と硬くて容易には噛み切れないようなパンが一つ。


まともに陽が出てるうちは痛みに耐え、夜もまた昼間の痛みにまともに寝ることなど出来なかった。


ほとんど疲労と痛みで気絶するように意識を失っては振動と音で目を覚ますことを繰り返した。


そんな状況が五日間も続いたのだ。


ケンイチは心身共に傷だらけですり減っていた。


【恐慌耐性】が精神を平坦なものへとしてしまうことが逆に苦痛でしかなかった。


耐えることしかできないというのに、思考はできてしまうのだ。


ケンイチはこの世界に転生させた神と、転生を娯楽として楽しんでいる神々を呪った。


出来ることは気を紛らわせるために延々と【鑑定】を発動し続けることだけだった。


そしてごく稀にあのバグのようなものが起きた。


ケンイチはもしかしたら何かに取り憑かれているのかもしれない、そう思った。




そして五日目の夕方。


ケンイチを乗せた馬車は小さな村で止まった。


馬車の外では連なって走っていた他の馬車から下りて休憩している人たちの話し声が聞こえてくる。


どうやらこの村で一泊し、明日の朝出発すれば帝国には昼頃にはたどり着くらしい。


ケンイチは先の見えぬ不安を感じることこそスキルのせいで出来なかったが、どこか現実逃避気味に【鑑定】を発動させる。


今夜はバグは起こらなかった。


そして早朝。


勇者候補のバリスター=ドラコの死体が発見されたと、一行は蜂の巣を突いたような騒ぎに見舞われた。

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