第27話〜異世界の現実
処刑前日。
謙一は牢屋の中で呆然としていた。
この三日間、衛兵に引き渡されてからずっと、謙一の精神は心ここに在らずといった様相だった。
事故に遭って異世界に転生してから、まだほんの一週間程度。
何から何まで新鮮な体験ばかりだった。
ゲーム画面に映るドットや3Dで形成される映像なんかとは比べ物にならないリアル。
地球の、人の手が入った森とは全く違った様子の森。
どろりとした鮮血とむせ返るような臓物の臭いと、先ほどまで動き回っていた生き物の死骸。
今にも折れてしまいそうな刃こぼれだらけの剣でも、血に濡れて転がっているのを見れば十分過ぎるくらいに相手を殺せる凶器なのだと理解した。
何処からともなく聞こえてくる鳥とも獣とも分からぬ嬌声と正体不明の物音。
食料も地図も何もなく、そこらの植物すら食べられるものかも分からない。
ようやく見つけた水溜りも澱んでいて飲むのを憚られた。
何より安全な寝床も光もない夜の森は、キャンプの時とは全く違う、いつ野生動物に襲われるのかと生きた心地がしなかった。
モンスターが徘徊している森?
野生動物ですら、ついさっきまで平和な日本で学生をしていた謙一には荷が重い。
なんとか苦労して薄暗くなってきた森の中で、彼にも登れそうな木を見つけた時は必死によじ登って一晩中目が冴えて眠れなかった。
木々の枝の隙間から複数の色違いの月が登っていくのを見た時、謙一は異世界に来たことを後悔した。
夜でも鳴き声や物音は消えず、むしろ活発化している森は、ボタン一つで明かりも温度も調節できて、壁に囲まれた安全な自室がどれだけ恵まれた環境だったのかを教えてくれた。
結局一睡もできなかった謙一は腹の虫で空腹を知るも、得体の知れない異世界の植物や動物など食べる気にもならなかった。
いや、小動物すら捕らえることもできなかったし、仮に捕まえられても捌く方法も食べられる部位も知らない。
ましてや火を通さず生で食べることなどできなかっただろう。
とにかく安全な場所へ行こう。
そう思っても、しかしどちらに行けば森を出れるのかすら見当がつかなかった。
半日かけて森を彷徨い、小さな物音にも過敏に反応してしまうおかげで何度かモンスターを隠れてやり過ごすことができた。
しかしその度に心がすり減っていった。
そうやってまた夜が来る。
飲まず食わずでもなんとか手頃な木を登ることはできた。
ぼんやりと、初日にモンスターにとどめを刺したことでレベルが上がり、筋力なども強化されたのだろうと思った。
ここは異世界だ。
ここは異世界なんだ。
そんな考えが頭の中を何度も何度も浮かんでは消えていった。
モンスターを倒せばレベルが上がる。
ゲームや漫画、小説のようなことが、ここでは逆に当然なんだ。
大丈夫、俺は選ばれたんだ。
そうやって自分の折れかけた精神を無理やり落ち着かせた。
そうして夜が来た。
謙一は強い疲労感と1日を生き延びた安堵、そして昨晩は何事もなかった木の上に登ったことで不意に強い睡魔に襲われた。
ボロボロの剣を幹に刺して寝返りで落ちないようにする。
そうして謙一の意識は次第に闇に落ちていった。
やがて近づいてくる存在に気付くことなく。
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