第11話〜暗殺者
「彼らなら昨晩のうちに行ってしまったよ。手紙を預かってる」
副ギルドマスターはそう言ってディーンに手紙を手渡した。
ディーンはなぜか震える手で、不器用な跡を残しながら封を切る。
テルンは封を切るのも待ち遠しそうに手元を覗き込んでいた。
一枚だけの便箋には一言だけ
『お世話になりました』
とあった。
何となく、トモたちらしいな、とディーンは思った。
テルンは項垂れてポツリと呟いた。
「トモさんたちから、もっと色々と学びたかった。できれば、連れて行って欲しかった…」
テルンはこの数日で変わった。
初対面で鼻っ柱を折られた時からか、彼らの仕事っぷりを初めて見た時からか。
仕事に取り組む姿勢や心構えだけじゃない。
根本的なものが、変化したのだ。
そう、ディーンは感じていた。
それはもう自分の中では風化してしまったものだ。
冒険者と違い、暗殺者は街を離れる事はほとんどないと言っていい。
ギルドに所属している以上、貴族などに直接雇われない限りこの街を拠点にする。
それは信頼関係であったり、情報網であったり、様々な理由があるが。
ディーンもまた、このままこの街で骨を埋めることになるだろうと考えていた。
暗殺者になる奴はみんなそうだ。
どこか野心というものがない。
人生の早いうちに先が見えてしまったり、諦めてしまったり、一定以上の衝動が持てない者が暗殺者になる。
暗殺者というとイメージするような殺意に塗れた殺し屋は、実のところ暗殺者ギルドにはほとんどいない。
そんな奴らはギルドになど所属しない。
皆仕事としてストイックに生きている。
だからこそ、闇ギルドや裏ギルドとは繋がりはあっても、一応は日の下で活動できるのだ。
テルンはまだ若い。
暗殺者ギルドに所属するのにはあと5年は待つべきだった。
若さ故に衝動と憧憬に溢れている。
ディーンとは違う。
彼はもう、遅すぎた。
テルンが暗殺者ギルドから脱退したのはその日のうちだった。
規則に則り、暗殺者ギルドに関する一切の情報や記憶を封じられ、不利益を出されないように言動も制限された。
それでもテルンは希望に満ちた表情で、生まれ故郷を立ち去って行った。
それをディーンは眩しそうに見送った。
あの若い暗殺者は、白い憧憬に追いつくことはできるだろうか?
きっと無理だろう。
ディーンはかぶりを振った。
確かにテルンたち若者にある情熱は、強く燃え上がるほどに眩しくも尊い成長をもたらす。
しかしトモは根本的に異なる存在に思えた。
ディーンはギルドの酒場から地上に出る。
そして人々の喧騒に紛れながら当てもなく歩き出した。
きっとトモは情熱のおもむくままに燃え上がることなどない。
ただ静かに、鏡面を思わせる水面のように、ただそこに在りながら、存在しないものとして在り続けることだろう。
ディーンは不意に空を見上げた。
きっとディーンはこのまま死ぬまで街で生き、何も残さずこの街で終わるのだろう。
胸の奥の燻りを無視して、ディーンは歩き続けた。
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