第9話〜魔王信奉者

それは圧巻としか言いようのない光景だった。


まるで世界から音が消えてしまったようだった。


この建物には少なくとも数十人の人間がいた。


しかしそれも今は物言わぬ骸と成り果てていた。


それほどの殺戮が行われたというのに、この場にはあるべきものがない。


血だ。


死体はどれもこれも綺麗なものだが、無傷ではない。


恐ろしいまでの手際と技能だった。


陽炎のように姿がぼやけるのと同時に一人倒れ、気づけば離れた位置に再び陽炎が現れる。


いや、陽炎というよりは不知火か。


そこにあるのに、どこまでも遠く儚い。


そこに熱も痛みも苦しみもない。


ただ気がつけば死体が転がっている。


ディーンはテルンと共に茫然と立ち尽くすことしかできなかった。


トモが血のように紅い刀身のナイフを振るうたびに死体が生まれる。


これで傷がなければ死神に魂だけを刈り取られたと勘違いしてしまいそうだ。


よくよく見てみれば死体が僅かに¨萎んでいる¨のが分かっただろう。


まるで、中身を¨吸い取られたように¨。


「なぁ、ユキの嬢ちゃん、あれは…トモさんは”何”なんだ?」


ディーンの口から零れ落ちた疑問は、二人から少し離れた位置でトモを見守るユキに向けられた。


ディーンには、トモがまともな存在には見えなかった。


かつては冒険者だったディーンは、化け物のような実力を持ったAランク冒険者だって見たことはある。


彼らならば同じだけの数を殲滅することも容易いことだろう。


しかしここまで一方的で、誰一人逃すことなく、ましてや殺されたことに最期まで気付かせないような者など、存在するのか?


それはもはや人という種族の限界を超えているように感じた。


「トモはトモ。他の何者でもありません」


ユキの返答は簡潔で、その小さな背中からは揺らぐことのない信頼が見ることができた。


ディーンはテルンを見る。


テルンはその目にトモの姿を焼き付けようとしているように、瞼を大きく開いていた。


そこには怯えも恐怖もなく、見ているこちらが羨ましくなるような憧憬がある。


これが若さか、などと思ってしまった。


いや、とディーンはそれを否定した。


なんでもそつなくこなして来たディーンには、憧れるような相手はなく、飛び抜けた存在には、自分はなれないという諦めしか持たなかった。


それがディーンとテルンの違いなのだろう。


きっとテルンはディーンなんかよりもよほど上に行ける。


自分には化け物か何かにしか見えないトモに憧れを抱けるテルンなら。


ディーンはトモを見た。


すでにこの場にいた者は、ディーン達を除いて誰一人として生きてはいない。


だから、辛うじて、トモのことを見つけることができた。


トモは返り血一つ浴びていなかった。


ユキは戻ってくるトモに駆け寄り、なにやら小さく語りかけている。


こちらからは背中しか見えないが、まるで大好きな飼い主にじゃれつく犬のようだ。


他者に対して落ち着いて、ともすれば冷たい対応をするユキだが、トモと話す時はふとした瞬間に外見以上に幼さを感じる。


まるで大好きな父親に甘える娘のようだ。


「”魔王信奉者”の掃討は終わりです。この中に魔王軍関係者はいなかったみたい」


ユキが振り返った。


そこにはもう冷たい仮面が貼り付けられていた。


ユキはそう言うとすでに背を向けているトモと共にその場を立ち去っていく。





それがディーンがトモと行動を共にするようになってから3日目の出来事だった。


トモとユキは魔王軍関係者を追っていた。


初日はディーンによる情報収集と、テルンによる街の案内で潰れた。


その日の深夜に魔王軍幹部だと吹聴して回る破滅思考のヤク中男は見つかったがハズレだった。


2日目で関係者と思しき男の情報を得た。


通常ならばそこからさらに情報を探り、泳がした上で叩くのだが、明日にも暴動を起こす計画を立てて集結するという情報を得て、今回の殲滅に及んだ。


そしてディーンたちは初めてトモの実力を目にしたのだった。

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