第4話
考えなきゃいけないことが巨大な岩石のように頭の上にのしかかっているみたい。
キーボードを叩く一撃一撃が、悩みを穿つノミだったらいいのにとぼんやり思いながらピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはため息を吐いた。
椅子に座り続けてモニターを睨みつけていたので背中がこわばっている。
伸びをして首を回す。
ポリポリッと関節が音を立てた。
特殊能力を持ったからといって肩こりはするものなのだ。
「肩揉もうか? このボクが!」
振り返ると声をかけてきたのはラック・ザ・リバースマンだった。
マッシュルームカットで緊張感のないタレた目。
口をわずかに開いたまま、両手を揉むような形で構えている。
おそらく何も考えてないであろう、その邪気のない子供っぽい表情に余計に疲れが出る。
「いや、いいわ。ラックくん下手だから」
「人は誰だって初めは下手くそだよ。それでも諦めずに続けた者だけ栄光をつかむのさ」
「いいの。こういう時のために自分自身へのご褒美がちゃんとあるから」
そう言ってピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは冷蔵庫から買っておいたロールケーキを出した。
箱を見るだけで口元が緩んで笑みがこぼれてしまう。
口コミで話題になっているお店のもので、かなり前から楽しみにしていたのだ。
「わあ、すごい美味しそう。紅茶を入れてくるよ、このボクが!」
「何言ってんの。あたしのだから。ラックくんにはあげないよ」
「ロールケーキだよ? 個人で食べるの?」
「自分へのご褒美なの! だいたいあなた食べたところで意味ないでしょ」
「味はわかるさ。美味しいものは美味しい」
「でもフレッシュしたらなくなるんでしょ」
「満腹感はなくなるさ。でも美味しかった記憶はなくならないよ!」
ラック・ザ・リバースマンを見ると、それだけ雑なメンタルならさぞかし生きるのは楽だろうなと思ってしまう。
遠回しに言ったところで彼には響かない。
そのせいか、二人で話しているとついつい語調が強くなってしまう。
この能力にしてこの性格ありという感じか。
ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは先程上官から呼び出された。
上官は質素な部屋の中で、こちらの戦績を見ながら告げてきた。
「ダメだよこんなんじゃ」
超本営に属するスーパーヒーローチームは数十に及ぶ。
選りすぐりのエリートで構成されたエキスパートチームや、抜群のチームワークで評価をグイグイ上げている売出し中のチームもある。
そんな中でピンキー・ポップル・マジシャン・ガール率いるスタイル・カウント・ファイブは下の中というところだった。
初めは期待されていたが、二、三度大きな敗退を喫しその後評価は一向に上がっていない。
そうなると派遣される任務も難易度の低いものになり、より評価される場面が減る。
クセのあるメンバーだけど決して能力が劣るわけではない、とピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは思っている。
上官は元々公務員の管理職で40代の男性。つまり特殊能力者ではない。
「このレベルなら他にいくらでもいるからね。解散して再編成した方がいいってことで」
「解散ですか?」
「キミらだって新しいところでやった方が力を発揮できるから」
基本的に人をコマとしてしか考えてないのかもしれない。
たとえ平凡な強盗事件だったとしても、命の危険がないわけではない。
そう言った場面を何度もくぐり抜けてきたチームメイトには結束が生まれている。
そう簡単に解散して新しいチームで再起などと考えられるわけはない。
「キミなんかはいい能力だし、もっと評価されるから」
「あたしは今のチームが気に入ってます」
「好き嫌い言われても困るよ。遊びじゃないんだから。そういうところが自覚足りないんじゃない?」
判断を変える気のない上官に言い返す言葉が見つからない。
ひょっとしたらそれは正しいのかもしれないけど、現場の気持ちを蔑ろにしている提案であることが悔しい。
特殊能力者と言ってもまったく戦闘に向かない能力の者も多く、そういったものたちはスーパーヒーローではなく事務として働いている。
能力から言ったら、解散後ハンド・メルト・マイトは事務に回されるかもしれない。
彼の能力は戦闘に向いているとは言い難い。
「チャンスを下さい」
「十分あげたでしょ。あっ! ん~。じゃ、こっちのお荷物引き受けてよ。うん、うん、それでいこう」
上官は自分一人で納得するようにそう言った。
テーブルに置いたロールケーキを見つめて、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは尋ねた。
「ラックくんは肩こりになったことある?」
「ないさ。フレッシュするから」
「じゃ、食べすぎて太ったりニキビが出たりも?」
「フレッシュすればなかったことになるのさ。痛っ! なんかとんできた。今ぶった?」
「あなたに亡きものにされたニキビの無念さが降り掛かったんじゃない?」
「ニキビがそんな思い抱えてる?」
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