第8章 maleficium<悪魔信仰>
人生という名の歯車は一度動き出せば朽ちるまで止まる事はない。行先がどれ程残酷な道だとしても動き出せば止まってはくれない。
幸せは掴んだ瞬間からいつか終わることが約束されている。その言葉は誰でもなくセイレーン自身に跳ね返ってくるとは誰も知る由もなかった。
人間というものは全ての物事に理由を求めてしまう。無償の愛を不安に思うように不幸も理由をつけたがる。そしてそれが負の歴史を呼んだ。
12世紀からそれは悪魔という存在のせいにすることが始まった。
そんな悪魔信仰最盛期といえるこの時代にセラフィムが人間に声をかければ彼女達を捕らえることなど朝飯前だった。彼がしようと思えば。しかしセイレーンの言葉を聞いて以降セラフィムはアモーを自分から遠ざけようとしたため、下界への逃亡を黙認していたのだ。
神の陰口を叩いたことが聞こえたのだろうか…。ただただ運が悪かったのだ、そう思う他ない程にこの世界は残酷だった。
熾神殿に神の声が降りたのはいつぶりだろうか…。神様気取りのセラフィムも神に抗えぬことを実感させる。
神の定めたこの世の法に背いた二人を処刑しろ、というお告げ。
神は絶対である。例え間違っていても神ならばそれは正義となる。
*****
早朝、外の騒がしさに目が覚めた。幸せっていうのは消える時は一瞬だ。今が幸せかどうかは別として。
怒号。打撃音。気配。そこから察せない程私達だって落ちぶれちゃいない。生憎、平和ボケさせて貰える程平和でもなかった。アモーと目があった。
「よく寝れたか?」
眠れたかどうかが聞きたい訳じゃない。眠れてないことぐらいずっと前から分かってる。
「あんまり」
知っていた。でも初めてアモーの口から聞いた。私はどうかと目で聞いてきた。
「私も全然だ。」
その答えにアモーの目は笑っていた。
「やけに冷えた朝ね。」
「ああ、今日は一日冷え込みそうだね。」
逃げ場などない。お互いに分かっていた。それに、もう逃げるつもりもなかった。そろそろドアも開くだろう。逃げるつもりはない。ただ、私は彼女の為になら悪魔になる。
大事な物ってのは大事って気がついた時にはだいたいもう遅い。指先で触れた瞬間から幸せなんてシャボン玉のように消えちまう。
木が軋んでいる。時は来た。ドアが破られた時一言だけ呟いた。
「ごめんね」
え?っという声を漏らさしアモーが顔を上げた。なんで謝られているのか分からない顔だった。この100日間私は彼女に一度でいいから責めて欲しかった。
そんなことを言う暇もなく、家の中から引き摺り出された。
もう誰にも負けない。何も奪わせない。
あるはずもない背中の傷が痛んだ。
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