【短編】処刑から始まる私の物語

キョウキョウ

私が処刑されてしまう日

 城下町の広場に群衆が集まり、ある貴族のご令嬢の死刑が行われようとしていた。その様子を、私も少し離れた場所から眺めている。


 頭にフードを被って顔を隠しながら、処刑する様子を見つめる。熱狂している人が集まっていて、気温も高い気がする。少し不愉快な熱気が体を包み込んでいた。用がなければ、こんな場所はすぐにでも離れたいのだが。




 処刑されようとしている公爵令嬢は、私と姿形がそっくり。なぜか私と同じ名前で呼ばれている。


 ……まぁ、私が魔法で作った身代わりの人形だから当然なんですけれど。


 広場の中央には、”私”という罪人が粗末なボロ布で身を包み、断頭台に頭と手首を固定された姿で膝をついていた。民に、処刑される令嬢として見世物にされていた。死刑執行人が、拘束されている”私”の横に立って犯したという罪を読み上げている。


 その罪の内容というのは、とある女性をイジメたというもの。それから、領民たちから集めた税収を好き勝手に使って無駄にした、という悪事。他にも色々と貴族の令嬢として相応しくない振る舞いを行った。死刑執行人が数々の罪を読み上げるたびに、広場に集まった民から怨嗟の声が上がる。


 これから、悪が処断されようとてしいる。テンションが上がる広場に集まっている民たちの気持ちが理解できた。


 断頭台に居る”私”は、怒り回るわけでもなく、泣いて懇願するわけでもなく、ただひたすら無言を貫き、何の感情もこもっていないような無表情で民たちを見返すだけだった。民の憎悪を、その一身に受け止めながら。


 反応がないのは当然のことだった。だってあれは、よく出来た人形だから。だが、その事実を知る者は私以外には居ないようだ。まだ、バレてはいないらしい。




 死刑の進行をしている執行人の傍らには、私の元婚約者だった王子が立っていた。彼の表情は青白くて、酷く追いつめられたような表情をしながら断頭台に固定されている”私”の顔をジッと見つめていた。


 王子は何か考えている様子だったが、彼が何を考えているのか私には分からない。


 そんな彼の右腕側に寄り添うようにして立っている、見た目の美しい令嬢が居る。彼女は、新しい王子の婚約者にして私の代わりとして未来の王妃予定の女性だと噂に聞いていた。


 すでに王子の婚約者として振る舞い、彼女は民衆たちの前に堂々とした姿で立っている。心配そうな表情で、王子の背中を見つめていた。




 罪を犯したという理由で拘束された私は弁解する余地もないまま、王子との婚約を強制的に破棄させられた私。


 その後、すぐに代わりの婚約者を発表したらしいという話も聞いていた。代わりの婚約者が彼女なのだろう。


 王子は新たな婚約者を手に入れて、私は元婚約者という立場よりも罪人として印象付けられて、見に覚えのない罪で処刑されようとしている。




 王子のそばにいる令嬢は、心配そうに王子を見つめながら耳元で何かつぶやいてるのが見えた。二人は、とても親しそうに接している。


 その場に集った民たちに向けて、仲睦まじい様子を見せつけているのかな。そしておそらく彼女は、王子が落ち着くような言葉を囁いているのだろうと私は予想する。王子は案外、ストレスに弱い人だったから。




 追い詰められた、というような表情を浮かべている王子。彼の様子を見てみると、私を罪人に追いやったのは彼の想定するところではなかったのかもしれない。


 婚約者だった頃の王子は優しかった事を思い出してみると、彼なら私を罪人だったとして殺すことまでは反対してくれそうだと思った。けれど、私の処刑は止まることなく執行されようとしている。


 真っ青な表情の王子、どんどん具合が悪くなっているようだ。


 そんなにも追いつめられたような顔をするのなら、王子としての権力を使って死刑を止めてくれればいいのにな、と内心では不満に思う私。



 連々と数多くの罪が読み上げられて、そのたびに民の熱気が更に上がっていくのを感じた。


 どうやら、私という悪役にできうる限りの罪を着せて巨大な悪にしていき、そんな悪を処刑することで民の鬱憤を晴らす、という計画なのだろう。




「何か申し開きはあるか?」

「……」


 処刑執行人の長い罪状読み上げが終わって、遂に死刑が執行される時間が来た頃。その時になって、王子が拘束されている”私”に問いかけてきた。王子が私に向かって問いかける声に、民衆はピタリと声を止めた。


 先程まで民たちが熱狂していた広場には、潮が引いたような静寂が訪れる。


「なんとか言ったらどうだ」

「……執行人の方が読み上げたモノは、全て私のやった事ではありませんが?」


 その問いかけに、人形の”私”が答えた。魔法の力によって、ある程度は自動で動く仕組みになっている。無表情から、顔の筋肉を操作してニコリと笑顔を浮かべているのが見えた。思い通りの反応だ。


 興奮状態だった民たちの声が静まった後だったので、少し離れた場所に立つ私にも王子の会話が聞こえてきた。小さな音も、よく聞こえる。そして”私”の放った声も、広場の遠くまで響いて聞こえてくる。人形は私の代わりに、よく言ってくれた。




 ”私”は手と首を押さえつけられて、しかも首のすぐ上にはむき出しになって、ごく簡単に人の命を奪える刃が待ち構えている。


 それなのに恐怖で身体を震えさせることもなく、泣きわめくこともなく、すぐ側にある死に対しても鈍感な反応。笑顔を浮かべる余裕さえある”私”。


 そんな”私”は傍から見れば非常に不気味に見えただろう。離れた場所で見ていた私も、他者目線として内心では人形の笑顔はなかなか怖いな、と思ったり。




「嘘を申すな。コチラにはお前がやったという証拠があって、目撃者も多数居る」


 人形の”私”に向かって、強く訴えかける王子。全く、身に覚えがない。というか、そんな近くで見ているのに、私のことを人形じゃないかと見破ってくれないのかな。身代わりがバレるんじゃないかと少し心配だったが、上手くいって一安心ではある。


 気づいてくれないことに複雑な気持ちもあったが、もう今更か。色々と考えている間に、王子と人形の”私”との会話が進んでいく。会話というか、一方的に王子が語りかけているだけだが。




「貴様が、何かそうせざるを得ない理由があったとして、その事情を素直に打ち明けてくれたのであれば、情状酌量の余地もあっただろうに。しかし、お前は犯した罪を否定をしている。やっていないなんて言い訳するお前に、はっきり言って失望した」

「……」


 そんなふうに考えていたのかと、少し驚く。一応、助けてくれる気持ちはちょっとはあった、ということなのかな。あの時は問答無用で、捕らえられたけれど。


「最後まで、貴様は口を閉じたまま。仕方がない、か。……刑を執行しろ」

「……」


 口を開かない私を見て、王子は語り終えた。覚悟を決めたようだ。そして人形も、沈黙のままジッとしているだけ。


 青白い表情の王子は、側に立っていた新たな婚約者を優しく抱き寄せて断頭台から離れた。そして、死刑執行人に最後の指示を出す。


「了解」


 王子から指示を受けた死刑執行人は機械を操作し、断頭台の仕掛けを作動させた。民衆たちの注目が集まる。


 シュッ、スパッ、ドサッという音が聞こえてきた。上に固定されていた刃が落下。容赦なく”私”の首を切り落とした時の音だった。


 切り落とされた”私”の首は、真っ赤な血を撒き散らしてクルリと一回転しながら、頭の下に置かれていた籠に収まって見えなくなる様子が目に映る。そして次の瞬間、民が一斉に声を張り上げ歓喜した。鼓膜がビリビリと震える。うるさいな。


 だが計画は無事に終了した。”私”の死刑を見届け終える、という用事は終わった。もうここにいる必要もなく、処刑が行われた広場から私は足早で離れることにした。

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