絵本の中のお姫様

 初めて会ったのは、八歳の時。

 窓は割れていて壁にはひび、雨漏りが激しく隙間風は容赦なく吹き込んでくる廃屋のような孤児院に、第一王妃と第一王女が視察にやってきた。

 大人達は王妃の接待に忙しい。ねっとりと気持ちの悪い笑みを浮かべて、良い香りの紅茶と可愛らしい焼き菓子を勧めている。

 孤児院の子供には、おやつなんてないのに。大人はずるい。

 そうやっていじけていたところに、明るく声を掛けられた。

「あなた、お名前は? 私、ライラ!」

 銀色に輝く髪に、透き通るような白い肌、どこまでも澄み切った青い瞳。絵本の中に登場するお姫様と同じだった。

「め、メル」

「メル? 綺麗なお名前ね!」

 黒く硬い髪に、日に焼けた肌、血のような赤い瞳のメルとは、何もかもが違う。同じなのは性別だけだ。

「ねえ、メル。王子様になって!」

 無邪気にそう言われて、二人でごっこ遊びをした。

 ライラはお姫様、女戦士、妖精に。

 メルは王子様、義賊、魔術師になる。

 遊んでいる間は、身分のことを忘れていた。絵本の中に入り込んだみたいだった。本物のお姫様と、孤児の自分が遊んでいるだなんて。

「楽しかったわ、また遊びましょう。約束よ!」

 きらきらした笑顔でそう言われたら、絵本の中から出ないといけない。それが少し残念だった。



「メル、私、女王になるわ」

 ごっこ遊びを卒業して、駆け回るよりもお喋りの方に夢中になった頃。

 雑草だらけで特に手入れをされていない孤児院の庭で、ライラはそう言った。

「女王になって、この国を良くする。この孤児院の壁や屋根を直して、庭に花を植えるわ。孤児院の子達が毎日お腹いっぱい食べて、おやつもあって、お誕生日には皆で盛大にお祝いするのよ」

「いいね、それ」

 銀色の髪に日の光が反射して、きらきらと輝いて見える。青い瞳の奥に、静かに燃える炎があった。

「早く女王になってよ、ライラ」

 この炎が好きだ。ライラが女王になるのなら、きっと皆幸せになれる。


「メル。私、女王にはなれないわ」

 背が伸びて、体の線が丸くなり、子供から大人へ変わる狭間に差し掛かった頃。

 真夜中。何となく眠る気になれず、窓の外を眺めていたら、庭の中央にライラが立っていることに気がついた。

 慌てて庭まで行く。ライラは静かな声でそう言った。

「弟が生まれたの。国王は男でなければ駄目なんですって」

 ライラは笑わなくなった。月のような髪に、凍りついた瞳。燃え盛っていた炎は、もう見えない。

「でも、いいわ。女王になれなくても、やることは変わらないから」





 ライラの傍に行こう。

 ライラが来るまで待つのではなく。

 だが、孤児のメルがどうすれば、第一王女の傍に行けるのか。

 騎士は駄目だ。男しかなれない。

 侍女はどうだろう。王女はライラの他に十三人いると聞いた。ライラの侍女になれなければ意味が無い。

(魔術師なら)

 魔術を使える者は貴重だ。生まれつき魔力を持っていなければ、なりたくてもなれない。故に、魔術師であれば性別や身分に関係なく雇ってくれると聞いたことがある。

 メルには、魔力があった。子供騙し程度の魔術なら使える。

 魔術師になろう。ライラの元へ行くには、それしかない。

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