盲目な恋⑨
玲汰の人生が狂ったのは、間違いなくあの実験室での事故からだ。 それが事故ではなく故意、それも、親友だと思っていた和也がやったと莉津歌は言った。
目が見えない今、莉津歌の表情が分からない。 それは不安で、考えをまとめるには難し過ぎた。
「え、嘘・・・。 本当に?」
「うん」
「どうして? どうしてそれを、りっちゃんが知っているの?」
「和也くんがわざと試験官を落とすところ、私見ちゃったから。 その時はレイちゃんと別れていても、流石に同情はしたよ」
「そんな・・・」
「『そんな酷いことはしちゃ駄目』って注意したんだけど、無視されちゃった」
「・・・」
何も言えなかった。 だが、もしそうだとするとその理由は何なのだろう。 和也とは喧嘩らしい喧嘩もしたことはないし、恨まれるようなこともしていない。
莉津歌の嘘の可能性もあるが、そんな嘘をつく意味も分からなかった。
「大丈夫だよ、レイちゃん。 私がずっと傍にいるから。 レイちゃんは何の心配もいらないよ」
玲汰は流れのまま強く抱き締められた。 頭の中が真っ白で抵抗する気も何も起きない。 ――――その時だった。
「おい、ちょっと待てよ! それはおかしいだろ!?」
「・・・え、和也!?」
先程まで一緒だった和也の声。 それは明らかに怒気を含んでいる。
「はぁ。 いいところだったのに」
「おい玲太! 元はと言えば、コイツが俺に『協力しろ』と頼んできたんだからな!」
「え、何? コイツって、りっちゃんのこと?」
「何のことかなぁ」
急展開過ぎて頭が追い付かない。 二人の話をただ黙って聞いていることしかできなかった。
「しらばっくれるな! 柚季先輩を呼びに行って、キスのタイミングでお前らと鉢合わせたのはこの俺だぞ!?」
「うん。 それは最高なタイミングだったよ」
―――さっきのこと・・・?
偶然にしてはタイミングが悪いとは思っていた。 それが仕組まれていたなら話は別だ。
「俺はただ、莉津歌のためだけに利用されていただけじゃないか! お前だけ得をするっていうのは無しだからな!」
「二人共、グルだったの・・・?」
「そういうことだ。 莉津歌だけ逃げようとしたからな。 だったらこっちも、バラさせてもらうまでだ」
「りっちゃん、どういうことか説明して」
莉津歌は大きな溜め息を吐くと、観念したように話し始めた。
「和也くんはね。 柚季先輩のことが好きなのよ」
「え?」
「でも先輩は、最初からレイちゃんのことが好きだったみたい。 出会う前から。 それを知っていた和也くんは、あえて何も言わなかったの。
自分の好きな人、親友であるレイちゃんを傷付けたくないから。 偉いよね。 ずっとモヤモヤはしていたみたいだけど」
「・・・」
柚季と自分を別れさせるため。 それが理由だとしたらやり過ぎだ。 だが好きな人を取られる悔しさは分かっていたため、何も言えなかった。
「玲太。 莉津歌は少しおかしい人間なんだ。 コイツはずっと、お前のことが好きだったんだよ。 新しく好きな人ができたっていう話は嘘だ」
「え? どうしてそんな嘘を?」
「もっと刺激がほしかったんだって。 もっと自分のことを忘れないくらいに愛してほしかったんだって。 だから玲太を一度フッて、またよりを戻そうとした。 これは最初から仕組まれていたんだ」
「それが、どうやって“失明させた”に繋がるの?」
「私がレイちゃんをフッた後、レイちゃんと柚季先輩が接点を持ったからだよ。 ・・・ううん、接点を持っただけならまだ耐えられた。 二人は最終的に付き合うことになったじゃん。 それが原因よ」
「・・・」
狂っている。 玲汰はそう思っていた。 先程まで莉津歌に心が流れかけていたのがスッと冷えていく。 そして、柚季に大変なことをしてしまったと後悔した。
「私はレイちゃんにフラれ、和也くんは先輩にフラれた。 そこでフラれた者同士、結託したの。 彼氏が失明したら、先輩である彼女は嫌がって別れ話を持ち出すと思ってね。
まさか、レイちゃんが自らフるとは想定外だったけど」
「そしたら俺は先輩を狙うチャンスができるし、莉津歌も玲太とよりを戻せる可能性が高い。 そう考えたんだ」
「ッ、そんな、酷いよ・・・」
莉津歌だけでなく和也も異常だ。 正々堂々向かってくるわけでもなく、回りくどく人を陥れる。
―――なんて僕は馬鹿なんだ。
―――結局、何も見えていなかった・・・。
もう二人の言い争いなんてどうでもよかった。 頭のおかしい二人が喚いているだけ。 玲汰は今の状況からそう思うことしかできない。
「本当よ。 今和也くんが入ってこなければ、私たちは永遠に幸せだったのに」
「一人抜け駆けは許さねぇぞ! そもそもお前が玲太に失明させた原因を話さなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
「仕方ないじゃん。 親友を失って絶望を味わうレイちゃんも、愛したかったんだもん」
二人が言い争っているのは無視し、携帯を取り出し柚季に電話した。 電話はすぐに繋がった。 もしかしたら待っていたのかもしれないが、拒否されていてもおかしくはなかった。
「先輩、先輩・・・! 聞こえますか? 僕です、玲太です・・・」
柚季から一切応答はない。 だが、そこに誰かがいて、それが柚季で、ただ彼女は黙って聞いている。
「先輩、ごめんなさい。 僕が全て悪かったんです。 お願いです、先輩がもしよければ、もう一度僕のところへ戻ってきてくれませんか?」
涙が流れていた。 自分がどれだけ勝手なことを言っているのか分かっていた。 もう二度と自分の前に現れてくれないのかもしれない。 それでも想いをぶつけた。
「やっぱり僕は、先輩のことが好きです。 大好きです。 我儘なのは分かっています、でも・・・。 この気持ちに、嘘はないから・・・ッ」
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