盲目な恋⑧




祭りの中心地から離れ、喧騒が遠ざかっていく。 それでもまだ引っ張られるため、何かおかしいと感じた。


「先輩・・・? 柚季先輩! どこまで行くんですか? もう大分静かなところまで来ましたし・・・。 先輩、聞いてます? 先輩、柚季先輩!」


名前を叫ぶとピタリと足が止まった。


「あの、僕・・・」

「久しぶりだね、レイちゃん」


その声は柚季のものではなかった。 あの時、一度手が離れた際に入れ替わっていたのだ。 そしてその声は聞き覚えがあり、すぐに分かった。


「え・・・? その声、りっちゃん?」

「うん、そうだよ。 レイちゃん、失明したんだってね」

「え、え、待って、先輩は? りっちゃんはどうしてここに? というか、どうしてそのことを・・・」

「風の噂って言うのかな? それで知った」

「風の噂って・・・」


―――いや、そんなわけない。

―――失明する手術を受けるって初めて人に伝えたのは最近だ。

―――しかも、友達の和也だけ。

―――和也は人に、そういうのを話さないだろうし・・・。

―――一体どこから?


考えてみても分からないため、莉津歌の意図を問いただす。


「・・・それで、りっちゃんは僕に何か用なの?」


玲汰の疑問に、莉津歌からは信じられない答えが返ってきた。


「うん。 レイちゃんを探してた。 もう一度、よりを戻したくて」

「え、そんな、今更・・・」

「そんなことは分かってる。 今はもう、付き合っていた彼氏とは別れたんだ。 色々と考えて、やっぱり付き合うならレイちゃんとがいいなって思ったの。 私じゃ、駄目かな・・・?」


それは甚く身勝手な提案だ。 玲汰からしてみれば、受け入れることなんてできるはずがない。 ただ彼女は自分が失明したと知って、そう言っている。 そこだけが気になった。


「りっちゃんは僕が今目が見えないの、知っているんだよね?」

「もちろん。 それを踏まえて言っているんだよ。 私は、今のレイちゃんを受け入れる覚悟ができてる」

「ッ・・・」


柚季とは違う答えだった。 柚季はまだ覚悟が決まっていない。 一度別れ、そして今ふわふわとした状態で祭りに来て、自分の不甲斐なさに幻滅し、そして、莉津歌と再会した。


「じゃなかったら、ここまでレイちゃんを探しにきたりしない。 これからもずっとレイちゃんを支えていくし、レイちゃんをずっと愛し続ける自信もある。 ・・・それでも、駄目?」

「僕は・・・」


迷い俯いていると強引に顔を上げさせられ、無理矢理口を塞がれた。 ほんのりと甘く、そして生暖かい感触。 まるで何か得体のしれない物に自由を奪われるような感覚だった。


「ッ・・・!」


驚いただけで、玲太は抵抗しなかった。 ――――いや、できなかった。


「・・・嫌がらないの?」

「・・・分からない。 どうして今更、僕の前に現れたの?」

「だから、レイちゃんが好きだから。 支えになりたいから」

「ッ・・・!」


考えているうちに、再度口を塞がれた。 一度目とは違い、どこか乱暴で、だがそれを、拒むことはできずどこか心地よかった。


―――・・・先輩は、僕を受け入れる覚悟がまだできていないって言っていた。

―――だからこのまま付き合っていたとしても、先輩には負担をかけまくることになる。

―――だったら僕は・・・この暗くて何も見えない世界で、ずっとりっちゃんに甘えていたい。


頭がぐるぐると回りまともな思考ができているとは言い難い。 自身の頬に涙が伝い、そして莉津歌も静かに涙していた。 それを柚季に見られてしまう。


「レイくん! レイくん、何でッ・・・」


玲汰は突き飛ばすように莉津歌の肩を押し、暗闇の中でもうどうにもならないことを知った。 あまりにもタイミングが悪過ぎる。


「レイくん、まだ私と付き合っているんだよね? なのにどうして、その子とキスなんか・・・」


柚季の方を向く。 自分の顔がどんなに崩れているのか、よく分かっていなかった。


「・・・柚季先輩、ごめんなさい。 僕は、莉津歌さんと一緒になります」

「どうして・・・」

「りっちゃんは、今の僕の全てを受け入れるって言ってくれたから」

「ッ・・・」


それを聞いた柚季は、何も言わずに立ち去った。 本当は玲汰は引き止めてほしかった。 自分が一番身勝手だと思うが、甘えた自分を叱ってほしかった。


「何も言わずに去ったっていうことは、レイちゃんに何も言えることがなかったんだね。 嬉しいよ、また私を選んでくれて」

「・・・僕もだよ。 また僕のところへ戻ってきてくれて、まだ僕のことを好きでいてくれて、嬉しい」


玲太は莉津歌を抱き締めた。 もう引き返せないと思ったから。 だが次に莉津歌が口にした真実は、耐え難い残酷なものだった。


「・・・ねぇ、レイちゃん。 いいことを教えてあげる」

「いいこと? 何?」

「あー、いや、レイちゃんにとっては悪いことなのかな」

「気になるじゃん、教えてよ」

「・・・私、レイちゃんを失明させた人を知っているんだ」

「・・・え? いや、あれは事故だったんだよ? 棚の上から落ちてきた試験官には液体が入っていて、それが直接僕の目にかかったんだ」

「うん、知ってる。 でもそれは、誰かが意図的に試験官に危険な液体を入れて、意図的に古い棚の上に乗せて、意図的にレイちゃんの真上に落下させたんだよ」

「・・・本当に? もしそれが本当だとしたら、一体誰が・・・」


「和也くんだよ」


「ッ・・・!?」



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