盲目な恋⑦




祭り場へと到着したのか車が止まる。 窓は開けていないが、賑やかな音がよく聞こえてきた。


「じゃあ俺は50メートルくらい離れて付いていくから、先に二人で行ってこいよ」

「うん、分かった。 あ、今何時?」

「もうすぐ日が落ちる時間帯だ。 夜はこれから、楽しんでくるんだぞ」


車から降りると柚季に腕を掴まれた。


「レイくん、私の腕に掴まってくれる? 手だと距離が空いちゃって、心配になるから」

「・・・分かりました」


いつもなら逆の立場のため、少し恥じらいながらも素直に頷いた。 人混みなのは分かっていたし、先導できない自分は案内してもらわなければまともに歩けない。 

少し歯痒い思いをしながらも二人は出発した。 柚季とくっついてはいるが、人の気配は多く慣れない場所のため真っすぐ歩くだけでも難しい。


「人多いねー。 ねぇ、レイくんは何が食べたい? 奢るよ」

「いや、奢るのは僕が」

「明日にはここを離れちゃうんでしょ? せめて私に、思い出を作らせて」

「・・・」


その言葉を聞いて、今の自分と柚季はどういった状態なのかと思う。 寄りが戻ったのか、それとも別れたままなのか。

引っ越しは柚季と距離を取りたいという気持ちもあったためで、そうでなければ遠距離恋愛なんて嫌なのだ。 柚季に『行かないでほしい』とは言われていない。 

本当に遠距離恋愛が成り立つのか不安だった。


「ここにある屋台はね、焼きそばにお好み焼き、フランクフルトやりんご飴・・・。 あ、レイくん危ない!」

「わッ」


柚季が急に腕を引っ張っぱったため身体がよろめいた。


「マナーの悪い高校生集団だね。 通りのど真ん中を歩いているなんていい迷惑。 レイくん急に引っ張ったりしてごめんね、ぶつかったりしなかった?」

「はい・・・」


まるで自分が子供のように思えた。 目が見えないため仕方がないとは言えるが、モヤモヤと心が疼く。 いつもは楽しいと思えた夏祭りも、今はまったく楽しくない。 

それは単に目が見えないからというわけではなかった。 何が食べたいかを相談し、二人はお好み焼きの屋台を目指す。


「凄い並んでいるね。 レイくんはここで待っていてくれる? ここは安全だから大丈夫だよ。 私買ってくる、すぐに戻ってくるからね」


柚季の足音が去っていくのを聞き、玲太は一人俯いた。


―――・・・何か、違う。

―――何か違うんだよ。

―――これは、僕が理想としているカップルじゃない。


しばらく悩んでいるうちに、柚季が戻ってきた。 焦げたソースの香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「レイくんお待たせ! 食べさせてあげるね」

「え、そのくらいは自分で」

「私がそうしたいの。 ねぇ、いいでしょ?」

「う、ん・・・」

「はい、あーん」

「・・・」

「ほら、早くしないと落ちちゃう」


恥ずかしがりながらも口を開け、お好み焼きを食べた。


「どう? 美味しい?」


恥ずかしくて顔を上げられないし声も出ない。 小さくコクリと頷いたが、正直味なんてよく分からなかった。


「んっ! 本当に美味しいね!」


―――・・・何か、悲しくて悔しい。

―――何なんだろう、この気持ち。


お好み焼きを食べ終えた後、柚季は手洗いへと行ってしまった。 一人で待っていると通り過ぎた人とぶつかってしまう。


「あッ、ごめんなさい!」


頭を下げ正面を向いたところ、ぶつかった相手が蔑むように言った。


「・・・あれ? コイツ、目が白くね?」

「うわ、本当だ! 何これー、ヤバー!」


ガラの悪いカップルとぶつかってしまったようだ。 知らない相手に絡まれるのは怖かった。 黒い視界に、相手の姿形は映らないのだから。


「人間とは思えねーな。 何かのコスプレ?」

「んー。 もしかして失明しているとかじゃない?」

「失明!? カラコンじゃなくて自前か! つーか、ここまで白くなるのかよ」

「・・・」


何も言い返せず黙っていると、柚季が二人との間に立ちはだかった。


「あの! 私の彼氏に、何か用ですか? これ以上変に関わってくるなら、ここへ警察を呼びますが」

「はぁ!? 警察って、別に俺たちは何もしてねぇっつーの! ウザいブスが来たし行こうぜ。 あー、気分わりぃ」


そんな捨て台詞を吐き捨て、二人は去っていった。


「レイくん、大丈夫?」


玲太は突然泣き出してしまった。 柚季が来て安心したからではない。 自分のあまりの不甲斐なさに情けなくなってしまったのだ。


「ちょっと、どうしたの!?」


玲太は首を大きく振った。


―――・・・やっぱり、僕だと駄目なんだ。

―――本当は僕が、お金をスマートに取り出して奢ってあげたかった。

―――集団から守ってあげたかった。

―――あーんもしてあげたかったし、さっきの人たちに強く言い返したかった。

―――・・・だけど、今の僕にはできない。

―――元々甘えることしかできなかった僕だけど、今はもっと何もできない彼氏になってしまった。

―――・・・こんな僕は、先輩と釣り合わないよ。


「柚季、先輩ッ、僕・・・」

「ここだと周りがうるさいから、少し移動しようか」


柚季の腕に掴まろうとしたが、タイミング悪く人とぶつかってしまい柚季と離れてしまう。


「ご、ごめんなさい!」


謝ると柚季に腕を掴まれたため、誘導されるがまま足を前へ進めた。



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