盲目な恋⑥




失明したきっかけを考えていると胸が痛んだため、頭を振って気持ちを切り替えた。 携帯が鳴るとほぼ同時にインターホンが鳴る。 和也が自分が来たと分かりやすくしてくれたのだろう。 

身支度を済ませ階段を降りると、応対した母親と和也が玄関付近で話をしていた。


「お、玲太早いな。 よくそのスピードで階段を下りられるもんだ」

「ちゃんと手すりを持っていれば平気だよ」

「ゆっくりでいいからな。 ということで、玲太のお母さん。 今日の残りは玲太を借りてもいいですか? 遅くなる前には戻ってきますんで」

「そうね。 今の玲太は目が見えなくて大変だけど、和也くんになら任せられるかな」

「ありがとうございます。 玲太、行くぞ」


母からの許可を得ると、和也は玲太の腕を引っ張り外へ誘導してくれた。 


「ほら、俺の車だ。 乗れよ」

「え、車?」

「そんな状態だと、怖くてまともに歩けないだろ。 だから車で迎えにきた」

「・・・ありがとう」

「と言っても、景色が見えないからあまり意味はないけどな」


感謝して助手席に乗った。 エアコンをつけたままにしてくれていたのか、中は涼しく心地がいい。 和也も乗り込むと、早速とばかりに車が動き始める。 

しばらく進み信号で止まった時、和也が落ち着いた口調でこう言った。


「なぁ、玲太。 話があるんだ。 車の中だと静か過ぎて落ち着かないだろうから、公園にでも行っていいか?」


―――・・・改まって、急にどうしたんだろう。


何だかおかしな気がしたが考えた末頷いた。 和也の声が、どこか寂しく辛そうだったからだ。 公園へ着くとベンチまで誘導され腰を下ろす。


「ありがとう。 で、話って?」


和也はその質問にしばらく沈黙を保ち、そして頃合いを見計らったのかゆっくりと言葉を吐き出した。


「・・・柚季先輩から聞いた。 別れたんだって?」

「あぁ、うん。 ・・・ごめん、連絡できなくて」

「いいよ、それは気にしていないから。 だけどさ、玲太はこの結果で満足してんの?」

「満足・・・?」

「もう、柚季先輩のことは嫌いになったのか?」

「そんなわけ・・・ないじゃん」


嘘はつけなかった。 それに和也になら本音をぶつけてもいいと思った。 もちろん柚季に伝わるのは避けたいが、和也なら口止めさえすれば言うことはないだろうと考えたのだ。

湿り気を帯びた風が流れ、木の葉擦れの音が鳴る。 まるで心のざわつきを代弁しているかのように。


「どうせ、失明したら先輩に負担がかかるだろうと思って別れたんだろ」

「・・・そうだよ。 先輩のためにも、別れるしかなかった」

「その言い方だと、まだ先輩のことが好きみたいだな」

「ッ、うん・・・! 好き、ずっと好き! 先輩のこと、今でも大好きだよ。 だからこんなにも、胸が苦しいんだよ!」


泣きながらそう言うと後ろから突然抱き着かれた。 和也だと思い慌てて解こうとするが、腕の細さから違うと分かった。


―――この腕はッ・・・!


玲汰は和也がいるだろう方向を睨み付けていた。 自分を抱く柚季の腕、それはつまりここまで全ての話を柚季が聞いていたということだ。


「和也・・・」

「今話すべき相手は俺じゃない。 そうだろ?」


隣に腰を下ろす際、もう懐かしいとさえ思える香りが広がった。


「・・・レイくん、ごめんね。 レイくんの様子がおかしかったから、和也くんに全部聞いちゃった」

「ッ、どうして・・・」

「ねぇ、もう一度二人で考え直さない? 私ね、レイくんが失明するって聞いた時は凄く驚いたの。 今でも混乱していて、覚悟がつかないの。 レイくんのことを、これからちゃんと支えられるか不安で」

「だったら!」

「でもね、私がまだレイくんのことが好きなのは確か。 ・・・だからこんな中途半端な気持ちで、別れたくはないんだ。 レイくんも、まだ私のことを好きでいてくれているんだよね? 

 自分の気持ちを無理に押し込んで、私のために私を振ったんでしょ?」


それには頷くしかなかった。


「それじゃあ、互いにずっと苦しいままだよ。 だから一緒に、また考え直してみない?」

「でも僕、もう明日には・・・」

「引っ越すんだよね。 それは事情があるし、仕方のないことだと思う。 でも私が今言いたいのは、遠距離でも付き合えないかどうか」

「・・・」

「考え直すのは今日だけでいいから。 別れる前に、もう一度互いの本当の気持ちを最後に打ち明け合おう?」


確かに玲太のどこかで柚季との関係をこれで終わらせたくないと思っていた。 仕方がない、その言葉で諦めていたのは事実だ。


―――もしかしたら本当は、こんな展開を望んでいたのかもしれない。


玲汰はゆっくりと、そしてしっかりと頷いていた。


「ありがとう」


それだけ言って、柚季は離れた。


「和也くん、この後はどうするの? もしかして、ずっと公園にいるつもり?」

「まさか。 今から隣町の祭りにでも行こうと思ったんですけど、玲太が見えないとなると流石にキツいですかね・・・」

「大丈夫。 私がちゃんと誘導するから。 いいねお祭り、行こうよ。 レイくんは大丈夫そう?」

「はい、行きたいです」

「よし決まり。 お祭りは、和也くん付きだよね?」

「本当は二人きりにしてあげたいんですけどね。 玲太のお母さんに『遅くなる前には戻る』と約束してしまったので、玲太のことを見ていないと。 

 でも二人からは距離を取って行動するんで、俺のことはどうか気にせずに」


そうして三人は車へと乗り込んだ。 今度は助手席ではなく、後部座席に柚季と並んで、だ。



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