盲目な恋⑤




玲汰は和也を待つ間、少々過去のことを思い出していた。 一年前の出来事だ。 昼休みの時間に水飲み場へジュースを買いに行き、何気なく和也に自分の決意を伝える時のこと。

 

「・・・は? 玲太、今何て言った?」


和也は缶ジュースを飲もうとしていた手を止め、驚いたような顔でこちらを見ていた。


「だから、今から柚季先輩に告白してくる。 もう呼び出しているんだ」

「マジで? 急にどうしたんだよ。 玲太って、そんなに恋愛に積極的だったか?」

「積極的とか消極的とか、そういうのは関係ないよ。 先輩のことが好きだから、告白するだけ」

「・・・でも、相手は年上だぞ。 玲太は年下だし、断られる可能性も」

「その時はその時だよ。 僕はただ、気持ちを伝えるだけ。 だからフラれても構わない。 じゃあ、行ってくるね」


そう言って教室から出ようとすると、背後から空き缶を握り潰すような音が聞こえた。


「和也? どうかした?」

「・・・いや、何でもないよ」

「そっか。 告白の結果、和也に一番最初に伝えるから」


そうして柚季を呼び出した場所へと向かった。 そこは柚季と初めて会った場所であり、莉津歌にフラれた場所でもある。 柚季は既に来ていて、太陽を背にこちらへ視線を向けていた。 

逆光のせいか表情は分からず、まるで主導権を取られたような感じだ。


「あ、玲太くん。 どうしたの? また嫌なことでもあった?」

「いえ、今日はそういうのじゃなくて」

「うん?」

「えっと、その・・・」


いざとなると何日も考えていたはずの告白の台詞もスッと出てこない。 心臓はまるで生き物のようにうねり、喉がカラカラと乾いた。


「ぼ、僕、先輩のことが」


それでも必死に声を絞り出し、そこまで行ったところで声が被せられた。


「私、玲太くんのことが好き」

「ッ、え、は!?」

「どうしたの?」


逆光でよく分からないが、笑っているような気がした。


「そんな、え、急にどうして・・・」

「どうしてそんなに顔が真っ赤なの?」

「そ、それは、先輩が突然凄いことを言い出すから・・・」

「凄いことって?」

「だから、その・・・」

「もしかして玲太くんが言おうとしていたの、告白じゃなかった? 私の早とちりだったかな」

「い、いえ。 ・・・合ってます」

「玲太くんは、私にどうしてほしい?」

「・・・え、えっと、彼女になってほしい・・・」

「喜んで」

「嘘・・・」


あまりにもあっさりOKされ戸惑ってしまう。


「嘘がよかったの?」

「いや、違ッ・・・!」

「ふふ。 玲太くん可愛い」

「・・・今日の柚季先輩、何か意地悪」

「ごめんね。 玲太くんがあまりにも焦らすから、つい。 私から先に言っちゃった。 でも最後は、どうしても玲太くんの口から聞きたくて」

「・・・」


恥ずかしくて目をそらした。 やはり最初の印象通り、主導権は握られていたのだ。 だが受け入れられた現実に本当は心躍り出してしまいそうだった。


「玲太くんって、実家暮らしだったよね? よかったら明日、私の家に来ない?」

「え、でもそんないきなり・・・」

「来たくないの? なら、別にいいけど」

「い、いい、行きたいですッ」


そう言うと柚季は微笑んだ。 こうして柚季と付き合うことになったのだ。 何もかもが上手くいき過ぎて、到底現実とは思えないが、それでもその現実を嘘だと否定する気はなかった。 

柚季とは一旦別れてその背中を見送る。 玲太は早速和也に報告しようと教室へ戻ったが、そこに和也の姿はなかった。 どこを探しても見つからず、いつの間にか次の講義の時間になっていた。 

和也を探すのを諦め講義を受ける。 科学の簡単な実験を終え片付けをしていると、薬瓶を倒しそうになった。 それを支えようとしたところで、身体が棚にぶつかってしまう。


「えッ・・・」


顔を上げると、大量の薬瓶が自分めがけ落ちてきていた。 どうやらかわせそうにない。


「ッ――――」


瓶の口が緩んでいたのか、薬液が散り頭から被ってしまった。 目に入った痛みは尋常ではない。 声にならない悲鳴を聞き付けた学生が集まってきて、和也が水道まで誘導し洗ってくれたのだ。


「玲太! おい玲太! 大丈夫か!?」


答えることなどできなかった。 何が何やら分からず、痛みだけはあり、今がどんな状況かも分からない。


「俺が玲太を、医務室まで運びます」


この事件をきっかけに目にダメージを受けてしまった。 いや、目のダメージだけで済めばまだよかった。 

目から受けた損傷は神経にも影響を及ぼし、このままでは命の危険性に発展するまでになってしまったのだ。



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