盲目な恋④




病院へ着いた時はまるで他人事のようで何とも思わなかったが、手術の時間が近付くにつれ徐々に全身を恐怖が包み込んだ。 今すぐどこかへ逃げ出したかった。 頭がおかしくなって狂いそうだった。 

それでも、失明するくらいなら死んでしまいたいとは思わなかった。 だから恐怖を押し殺して手術を受けた。 


「終わりましたよ」


手術の終わりの合図と共に、ゆっくりと目を開ける。 だが、目を開けたのか閉じているのかよく分からない。 完全なる闇。 瞼の裏から感じる光すらもない漆黒の闇。 それが脳裏に広がっていた。


―――あぁ、やっぱり僕は光を失ってしまったんだ。

―――今この時まで、信じたくなかった現実・・・。


“もしかしたら、手術をしても少しは見えることもあるのかもしれない”と期待していた自分の希望は打ち砕かれた。


「よろしければ、義眼を付けますか? 眼帯でもいいですが」


失明をすると目は白くなると聞いていた。 周りからの視線が気になるなら、義眼を付ければ多少はマシになるかもしれない。 だが玲汰は断った。 元から義眼を付けるつもりはなかったのだ。


「・・・いえ、このままでいいです。 この方がカッコ良いので」


実際、自分がどのような見た目なのか分からないが、前向きにそう考えることにした。 看護師に場所を案内してもらいながら手すりを使って歩く。 廊下で待っていただろう母親が迎えてくれた。


「おかえり、玲太」

「うん、ただいま」

「カッコ良くなったね」

「・・・ありがとう」


母のその言葉に救われた気がした。 8割目が見えないのと完全に目が見えないのでは、まるで違う。 ただ歩くだけでも怖い。 母に連れられ車へ乗り込むと家へと向かった。


「そう言えば今日、お父さんは早く帰ってくるの?」

「遅くならないと思うわよ」

「そっか。 ・・・僕のせいで引っ越したり、転勤させちゃったりしてごめんね」

「何を言っているの。 何も見えない状態で、玲太を一人にさせるわけがないじゃない」

「・・・うん」


家族はとても優しかった。 明日は引っ越しなのだが、引っ越しを決めた理由は三つある。 一つは目が見えなくても安全に暮らせるようなバリアフリーの家で過ごすため。

二つ目は目が見えなくても勉強ができる学校へ通うため。 三つ目は、できるだけ柚季と物理的な距離を置きたかったためだ。 

引っ越し先はここからそう遠くはなく、車を使えば片道二時間程度で行ける距離だが、その場所は伝えていない。 というより、引っ越すことくらいしか伝えていない。

家へ着くと、母の手を借りず歩いてみようと試みた。


「一人で上がれる?」

「うん。 家の中は慣れていると思うから」


失明する前から、目を瞑って移動できる練習をしていた。 今住んでいる家と引っ越し先の家の両方だ。 その予行練習が役に立ったのか、家の中での移動は困難ではなかった。 

部屋へ着くとベッドに横になった。 どんな態勢になってみても、広がる光景は黒一色。 本棚まで歩き、手探りで引っ張り出した一冊。 

何の漫画か分からないが、それを二度と見ることができない虚無感が身を包む。


―――・・・暇だ、何をしよう。


音楽を聴いたり手で触って遊べる知恵の輪などの用意はしていたが、どれも気が進まない。


―――新しい学校の子に、普段何をして遊んでいるのか聞いてみようかな。

―――今は・・・筋トレでもしよう。


そう思い早速腹筋を始めるが、元々体力がない玲太はすぐに限界が来てしまった。


「あー、無理! キツい! 水!」


机へと向かい水筒に入っているお茶を飲む。 筋トレは続かず、これからどうしようかと考えていると携帯が鳴った。


―――・・・この音楽は、和也?


音で判別できるよう、予め個人個人着信メロディの設定を済ませていた。 ただまだ聴き慣れてはいないため、ぼんやりとしか分からない。


「もしもし、和也?」

『おう玲太。 あれ、手術はまだなのか?』


和也は玲汰の事情を知っている数少ない人間だ。


「いや、もう終わって今は家にいるよ」

『そうか。 一発で俺だと当てたからビビったぜ。 目はどうだー? 見えなくなってからの生活は』

「うん、怖くて寂しくて心細い。 でも大丈夫、ちゃんと生きるから」

『ならよかった。 ・・・玲太の気持ちを全て分かってはやれないけど、前向きに自分らしく生きろよ』

「ありがとう」

『ところで、明日は引っ越しなんだよな?』

「そうだよ」

『今日が、この街にいる最後の日なんだ。 俺に付き合ってくれよ』

「どこか行きたいところでもあるの?」

『まぁな。 玲太は今、暇か?』

「一応・・・」

『じゃあそっちまで迎えにいくから、家で待っていろ。 出れる準備はしておけよ』

「・・・分かった」


正直家の中ならいいが外を出歩くのは怖い。 だが折角の親友からの頼みのため、当分会えなくなる可能性が高いならと受け入れていた。



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