盲目な恋③




柚季との決別を終えた玲太は、まだ辛うじて残る視界を一杯に滲ませ、それが完全に落ち着いてから家へと帰ることにした。 母に泣き顔を見られたくなかったからだ。


「・・・ただいま」

「おかえりー。 柚季ちゃんと別れてきた?」


歯に衣を着せぬ言い方であるが、今はそれが逆に有難かった。


「・・・うん、別れてきたよ」

「そう。 でも、言うのが遅過ぎたんじゃない? 柚季ちゃん急に言われて、混乱していたでしょう」

「・・・まぁ。 でもいいんだ、もう終わったことだから」


“終わったこと”と、自分で口にすると涙が出そうになったがグッと堪えた。 それを隠すため2階へ上がろうとし階段に足をかける。


「あと一時間したら、病院へ行くからね」

「・・・分かってるよ」


自分の部屋へ戻ると恐怖で身体が震えた。 手術まであと一時間。 手術をすれば失明してしまい完全に目が見えなくなる。


―――怖い・・・。


最後に柚季のことを自分の目で見ることができて嬉しかった。 だがそう思うと、もう一度その顔が見たくなる。


―――先輩・・・。


写真を見るために携帯を手に取った。 電源を付けると、たくさんのメッセージが届いている。 どれも柚季からだった。


『レイくん、どうしても別れなきゃ駄目?』 『私は遠距離でも平気だよ』


柚季もまだ頭が整理できていないのだろう。 まだ別れを告げられた現実を受け止められていないようだ。


「・・・ッ!」


返事をしようとした指をグッと押さえ付け、書きかけた言葉を削除した。 どうして目が見えなくなるという不幸に、最愛の人と別れる不幸を重ねないといけないのだろう。 人生の非情さを嘆く。


―――俺が我慢しないと、先輩に負担をかけるから・・・。


それでも未練は断ち切れず、画面をスクロールして過去のやり取りを眺め始めた。 柚季は携帯に執着がなく必要な時以外は連絡をしない。


『今からレイくんの家へ行ってもいい?』 『柚季先輩、今日どこかで会えませんか?』 


なんて他愛のない内容がほとんどで、よくある彼氏彼女の甘々メッセージなんてしたことがない。


―――先輩らしいな・・・。


次に撮った写真を見てみる。 写真は柚季一人が写っているものばかりなのは玲汰が撮りたがりだからだ。 

そのため正面からカメラ目線で写っているものはなく、隣から撮影したり後ろから抱き着いた状態で撮ったものが多かった。 柚季は写真にも執着がない。 だから無断であるが堂々と撮っている。 

柚季との思い出を残したくて、彼女も特に嫌がることもなかったため好きに撮っていた。


―――・・・あ。


写真を見ていると一つの写真に目が留まった。 たくさんの柚季の写真の中に一枚だけ違うものが混ざっている。 それは玲太の寝顔の写真だった。 写真に一切興味のない柚季が唯一撮った一枚の写真。 

玲太が寝ている時に勝手に撮ったもので、からかうように送ってきたのを憶えている。 自分のだらしない寝顔なんて見たくはないが、柚季が唯一撮ってくれたものとして大切にとっていた。


―――どうせなら一緒に撮りたかったけど『カメラ目線は嫌』って言われて、結局は撮れなかったんだよね・・・。


色々と思い出していると、また涙が出てきた。 脳裏に浮かぶのは柚季と一緒にいた平凡な日々。






玲太と柚季が付き合っていた頃、家のデートの際に座って雑誌を読んでいる柚季を後ろから抱き締めた。 特に深い意味があったわけではなく、そうしたかったからだ。 


「ふふ。 レイくん、どうしたの?」

「先輩が恋しくて」

「ずっと傍にいるじゃない」

「先輩に触れたくて」

「レイくんは本当に甘えん坊さんね」


柚季はそう言って笑っていた。 莉津歌と性格はかなり違うが、拒絶されたりすることはなかった。


「・・・あの、先輩。 今日は折角の休日ですし、どこかへ出かけませんか?」

「うん? どこか行きたいところでもあるの?」

「あぁ、いや、そういうのじゃなくて・・・」

「・・・もしかして、元カノさんのことを気にしてる?」


莉津歌のことを完全に忘れられたわけではない。 それでも、今大切にしたいと思うのは目の前の柚季であり、その彼女から元カノの名前が出てくるのはあまり嬉しくなかった。


「・・・」

「大丈夫だよ、家で。 元々、私はアウトドア派じゃないし。 レイくんと家でまったりする時間が好きだからさ」

「ッ・・・! 先輩、好き・・・」

「どうしたのよ。 今日はいつも以上に甘えん坊さんね」

「いつもです」

「ふふ、そうかも」


柚季はサッパリとしているから、自分だけが一方的に好きになっているのではないかと不安に思うこともあった。 だけど柚季は一切嫌がらずずっと傍にいて甘えさせてくれたのだ。






過去を思い出し泣いていると、いつの間にか一時間程経っていたようで下から母の声が聞こえてきた。


―――もう、時間か・・・。


最後に写真に写っている柚季の姿を目に焼き付ける。 既に8割は見えていないが、それでも携帯を動かし全てを記憶した。


―――・・・柚季先輩、さようなら。


携帯を閉じると静かに部屋から出ていった。



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