41.「最低」

「しつこいのが一台いるな」

「どうしますか」

 すると、琴平が一度車内に潜った。

「武器は何がある?」

「え? それはもう使わないんですか? まぁ危なすぎですもんね」

「いや、加減が難しくて再充電が必要になってしまった。数分使用不可だ。他に何がある?」

「うぉぉぉ……」


 高見は苦笑いしながら、後方カメラを確認する。かなりのスピードで迫っている。真横に付けられたら非常に危ないのではないか。高見は歯ぎしりしながら答えた。

「氷結と粘着のグレネード。でも肝心のスリングの調子が悪い。飛距離が稼げない。今こんなの投げても、あの距離までは届かない。自分の近くで破裂して自滅するだけ」

「ならば横につけばよい」

「え? でもそれ、こっちも危ないんじゃ。…そうか」

高見、スリングに装填して琴平に渡す。マニュアル運転に切り替えてスピード上げる。


「手動で引っ張って、はじいて。パチンコみたいに。腕で投げるよりは飛ぶはずです。それならこれでも届く。その間、無防備になるけど、なんとかしてください。次の分離帯でUターンして横に付けます」

「ふむ、すり抜け様に打ち込むということか。なかなか大胆な作戦と言える。悪くない。ハンドルは任せる」

 琴平、スリンガーを操作してみる。使い慣れてないのか少々不器用に見えた。

「任せた」


 高見は目前に見えてきた分離帯を目指してアクセルを強く踏み込んだ。心の中で3,2,1……、3,2,1…、とハンドルを切るタイミングとカウントを探る。対向車線前方車なし!歩行者もちろんなし!後続車、距離十分!

「行きます」


 高見は半ば叫びながら腕を回しハンドルを思い切り切った。タイヤをコンクリートに擦らせて車体を振るようにターンさせ、高見はアクセルを踏み続けた。ライトに照らされた前方景色がコマ送りのように切り替わったと思いながらも、勢いを殺さないまま直進する。


 反対車線で自分たちを追っていた車との距離が縮まるまで1秒もない。バックミラーで琴平を確認すると、後部座席に残っているスリンガーが映り、高見はぎょっとした。しかし琴平からの「伏せなさい」という指示が先だった。


 相手は虚をつかれた所為か後手にはなるが、すれ違い様に攻撃してくるのは同じだろう。迷うことなく高見は外が見えるギリギリのラインで頭を低くし、前方確認の傍ら一度視線を琴平の方へ向けた。琴平が野球選手のように構え、剛腕を振りかぶったような姿が見え、高見は冗談交じりに叫んだ。


「スリンガー、使わないんですかぁぁぁぁぁぁ!!」

 悲鳴にも似た叫びが途切れる前に、バリン!と何かが割れる音が響いて高見は思わず身を竦めたが、相手の車が凍結し、スリップして何かに激突した音だと判断し、すぐに元の体勢に戻した。


 スピードを落としながらサイドミラーを確認すると、熱気か冷気か、煙を上げた車が見える。するとサンルーフから戻ってきた琴平が後部座席に腰かけ、背広に袖を通した。ちょっと買い物に行って戻ってきたようなそぶりで胸ポケットから煙草を取り出す。


「ねぇ! なんで!? なんでスリンガー使わなかったの!?」

 すると琴平はようやく視線を挙げてミラー越しに高見を見つめた。

「うむ。これは私には不向きだと判断してな。試しにそのまま投げたら届いたようだ。それに、なんとかなった。こちらも初めてにしては上手くいったほうだ」

琴平はそう言って、小型粒子砲を取り出し眺めた。


「へ?」

「実戦で使ったのは初めてだ。なかなかいい緊張感だった」

「うっそ、マジで?」

「非常時用に試作したはいいが、事務局にとっての非常時などめったに起きないからな。試験場の安全な環境で試し打ちはされても現場で使ったことなどないのだよ。ましてや動く標的など…」


「てっきり現役時代に使い慣れてるのかと」

「私の現役時代には開発は不可能だっただろう。しかし君たちのおかげで良いデータが取れた。改良点がたくさんあるな。まずビームのように軌跡が残らない反面、着弾してるのかそうでないのか非常にわかりにくいな。かといって暗がりで使うと光源が目立ちそうだから隠密向きといえばそうでもない」


「…最低」高見はそう言いながら、じわじわと口元を緩めた。同時に気も緩み、思考がクリアになる。はじめから実用試験も兼ねての作戦だったのだろう。自分はそれのフォローに同行させられただけである。きっと追手すら、まともに相手をする気などなかっただろう。つくづく腹の底が見えない男だと高見は思った。そんな彼女の考えを見据えてか、琴平が口を開いた。


「時間は有効活用せねばなるまい」

「そんなんだから伊野田さんと喧嘩するんですよ」本音である。

「うむ。全く反論できん」

「てゆうかぁ。なに一服してるんですかァ? まだ早いですからね。黒澤さん達を拾ったら変わってくださいね、運転」

「君、なかなかやるね」

 琴平は、笑みを浮かべながら煙を窓の外に吐き出した。


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