39.先手
「市街地を抜けたら仕掛けてくるだろう。先手を撃つぞ。自動運転に切り替えるが、唐突な攻撃には対応できんだろう。ハンドルと援護を任せた。では始めよう」
琴平はそう言い背広を脱いで、(彼にとっては)狭い車内で膝を伸ばした。そのままフロントガラスに背を向けつつ助手席に足をかけ、サンルーフから上半身を乗り出す。背面から強風を受けてオールバックに固めたグレイヘアが少しだけ空気を含む。
念のため車内を一瞥すると、高見が運転席に移動してベルトを止めていた。器用にモニタを操作しながら彼女は琴平の方を一瞬見上げた。「わかってますからね、やることは」と言いたげな顔だった。
琴平が正面に向き直ろうとすると、隣の車線を走っていた車に並んだ。運転手がこちらを二度見したので、琴平は顔色を変えずに、自分の唇に人差し指を当てた。
「距離さらに詰めて来ます」高見が通信機を利用して伝えてくる。
「了解した。先に仕掛ける」
高見は車の助手席側フロントモニタに追手の車3台と自車の位置をスキャンした。
「琴平さん、車後部にホログラムシールドを装備してます。こちらで操作できるから、閉じる時は合図をください。それ閉じないとこっちの視界が歪んで照準があわせられないから」
「了解。準備がいいな」
「そりゃね。なんの準備もしないでこんな作戦には乗りませんって。一台スピード上げてきますよ」
琴平はサンルーフから後方を確認した。ネオンが彩られたメトロシティの中心街が万華鏡のように視界に入る反面、こちらには夜が覆いかぶさってくる。道路脇の灯りと周囲を走る車のライトだけに照らされた道を見据えると、確かに一台だけこちらに猛追しているのがわかる。
高見が展開させたホログラムシールドの効果か、サンルーフから道路を見下ろすと、部分的に視界が不安定に歪んだ。近距離ほど歪みが強かった。ただの光の屈折ではない光の盾がこちらの姿をくらまし、外から物質が当たれば部分的に硬質化する。大手企業が開発した高級品装備だ。
道路と垂直に円盤のように展開しているであろうそれに向かって、琴平はポケットに入っていた棒ガムを放り投げた。慣性のせいで勢いはなかったが、見えないシールドに接触したそれが、宙に波紋を浮かべさせたあと道路へ散ったのを確認して、琴平は粒子砲を両手で構えた。冷風がシャツの隙間から身体を通り過ぎていくのを感じる。
彼が構えると、両手の中に鳥の雛でも隠しているような恰好にみえなくもない。エネルギーがMAXに充電されたそれのモニタスコープの中には、まだ後方から飛ばしてくる車の照準は合わない。後方の車で、なにかが光った。小さい閃光の連続はマズルフラッシュだろうか。道路が削られてコンクリートがはじける音が両側から聞こえてくる。
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