追撃と検証

38.追手

「さて、不運なことに、こちらも振り切らねばならなくなったようだ」

「は?」琴平の抑揚のない声色に、みじんも緊急性を感じられず、高見は素っ頓狂な声をあげた。


 琴平はハンドルを握りながらも、器用に車の端末を操作して、助手席側のフロントをモニタ代わりにして映像を展開させた。そこには夜道を追ってくる夜行動物のように、目を光らせて走行してくる車が映っていた。2、いや3台だ、と高見は思った。彼女は琴平を一瞥する。


「まだ追ってきている、恐らく笠原文香の飼い犬チンピラ共だろう。あれをなんとかせねば、日向達と合流できん。それにあちらに現れた機体はウェティブのようだ」

「お化けがでた、みたいな言い方ですね」

「うむ。伊野田を模写した機体らしい。化け物には違いはないな。笠原工業め、テグストルパールクでデータを盗っていたな」

「伊野田さんの模写オートマタ? ぜったい相手したくない」


 高見は舌を出して本音を漏らしつつ、ベルトを外し助手席の向きを180度回転させた。後部座席へ移動して、助手席を平らに寝かせる。後部座席脇に置いてあったバックのジッパーを勢いよく真横に引き、手を突っ込んで黒澤が使っていた旧型のスリンガーとグレネードを引っ張り出し寝かせた助手席に並べる。自分では頼りになるのかならないのかわからなく、彼女は不安げに訊いた。


「これで振り切れますか?」

「何を言っている。振り切るんだよ」

 琴平はそう断言して端末を操作し、オートモードに切り替えた。そしてコンソールボックスに手を伸ばし、拳銃に似た形の備品を取り出したので高見はぎょっとした。こんな旧世代の武器でなんとかなるとは思わなかったからだ。


 特に、違法オートマタに関わる仕事をしている人間は今時誰も使っていない。発砲音が目立つから他の機体も呼び寄せるし、そのくせ大した威力を与えられないからだ。もう少し大型の銃器なら車体の破壊はできようものだが、使用すればすぐに警備が飛んでくるだろう。だがそれも杞憂に終わった。察した琴平が各部パーツの確認を取りながらこちらを見ずに説明をする。


「これは非常時用に、事務局とトリノ電計が共同で製造した小型粒子砲だ」

「トリノ電計…って、あぁ、医療用備品開発の。裏でぶっそうなことやってんのは流石メトロシティの会社ですね」

 高見はモニターをちらりと見る。車はやはり3台。市街地を抜ける道はハイウェイに繋がる関係で車線が増える。それで車も散った陣形になったらしい。まだ仕掛けてこないが、徐々にスピードを上げて来たのがわかった。時間帯のせいか、周りに車は少ない。そのことに少なからず安堵する。


「その名の通り、高温圧縮された粒子を放って攻撃する。ビームより扱いが難しいが何より目立たない。しかも効果はビーム特有の長所を引き継いでおり、高温で焼き切るため……当たっても出血がない。旧時代の拳銃のように薬莢は飛ばないし火薬の発射残渣もない。証拠は残らない」


「わー、最高ですね」

 高見はやけくそ気味に返事をした。そして同僚の黒澤が、この仕事の受注を渋った訳がボディーブローのように効いている気がして来た。だがしかし、自分が黒澤をけしかけた以上、失敗するわけにはいかない。高見は両手で頬を叩いて気合いを入れ直した。よし、と心の中で考えながら、これマジで犯罪じゃん。絶対捕まらない、ぜったい、と復唱する。

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