37.ウェティブ

「久しぶりなのに、撃ってくるなんて…当麻は冷たいなぁ」

「おまえに名前で呼ばれるような間柄じゃなかったはずだが」


 黒澤はあきれ声でそう言って、ボウガンを下した。その機体、ウェティブ・スフュードンと呼ばれる違法オートマタは、笠原工業に本体があり、違法機体に自己データを転送することで以前にも黒澤の前に現われた。しかし今回は見覚えのある人物を模写している。黒澤は苛立ち交じりの声で続けた。


「しかも今度は姿ってわけか。本人の真似してるんだろうが、とんでもない執着心だな。まぁこないだのワームよりはマシだ」

 それは伊野田の姿に似せた機体だった。薄暗くて細部までは確認できないが、精巧であることは間違いない。肌の質感や髪質、瞳の色…。どれをとっても、ほぼ正規品に近いオートマタを改造しているように見受けられた。


「これは殴りがいがあるわね」 日向が軽口を叩いた。

「同意する。顔が少し似てるってのが余計にイラつかせるな」

「顔面は私が殴る」

「仕方ない、譲るよ」

「…きみら、伊野田本人に恨みあるわけ?」以外にもウェティブは驚きの声をあげた。笑みは浮かべたままだが目を丸くしている。


「ないと言ったら嘘になるな」黒澤も多少の嘲りをこめて皮肉を口にした。恨みなどもちろんない。しかし現時点のトラブル原因は伊野田を発端になっていることは間違いはないからだ。


「私もよ、だからあんたで憂さ晴らしさせてもらうわ、覚悟なさい」

「これでも頑張って製造した機体なんだよ? それでもやっぱり顔面の筋肉の滑らかさってのは人間には劣るよ。ここの表現が難しいみたいだね」


 日向の話を無視する形で伊野田の姿を真似たウェティブが独り言ちる。顔つきも背格好も、仕草もバトルスタイルまで似せているが右手に義手はついていなかった。その視線に気づいたのかウェティブが日向を見て「きみのせいで失くした腕だよ、懐かしいだろ」と言った。黒澤は彼女を一瞥してから右手に掴んでいた小型ボウガンを再び構えて口を開いた。


「ご存じだと思うが、俺たちは急いでいる。ご本物にお急ぎ便の届け物があるんだよ。遊んでいる暇はない」


 それに相槌を打つように日向が両の拳をぱきりと鳴らした。ウェティブは口元と目元の筋肉組織を吊り上げて、凶悪な笑みを浮かべる。雲が西に流れたのか月明かりが頭上から差し込み、その表情が晒された。それは口調を似せて告げる。


「あんた達がおれに勝てると思ってるなら大間違いだ。ぶちのめしてやるから、かかってきな」


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