36.勃発

 倉庫街の端に進めば進むほど、時代を逆境するかのように年期の入った倉庫が増えていく。道路ですら、舗装された道から苔が生えて亀裂だらけの凸凹道に変化していった。


 先ほど潜入した笠原工業最新の倉庫との違いが如実に表れるが、この両極端な風景がメトロシティの特徴でもあった。灯りの落ちた古い倉庫の前にたどり着くと、日向が影から顔を出した。いつの間にか髪をシニョンでまとめ直している。この暗い中で器用だなと思いつつ、黒澤は左腕スリンガーのライトを落とした。暗がりに同化する。


 「驚異の確認が取れ次第、合流場所に向かう」琴平たちにそう告げて、二人は頷き合図を送る。小型ボウガンを構えた黒澤が慎重に足を踏み入れて、日向が後に続いた。


 カビの臭いが充満していた。雲が部分的に晴れて、月明かりがわずかに顔を出した。いまのところ何者かの気配は捉えられない。だが確実にいるはずだ。積みあがった木箱の横を通過したところで黒澤がささやくように口を開いた。


「まったく、こんなときに伊野田がいたらすぐにオートマタの場所が特定できるんだろうな」

「それだけは同意するわ」


「おれならここにいるじゃない」


 突然の返事に驚いたときには遅く、黒澤は振り返りざまの一打を咄嗟に出した両前腕で受け止めた。強烈な打撃に腕が軋む感覚を覚えたが、すぐに受け身を取ってその場から距離を置いた。ボウガンを構え直して影から様子を伺う。今になって痛みが脳に信号を送ってきた。かなり硬質な何かで打たれたらしい。日向も声を上げたが、すかさずその場から離れて、廃材の影に身を隠した。


「隠れても意味ないよ、夜目が効くから」

 倉庫内で声が反響し、どこに居るのか特定はし難いが、相手が自分たちを誘い込んだ違法オートマタだと確信して日向が口を開いた。


「夜目が効くですって? 大した機能ね。自慢にもならないわ」言いながら、じわじわと相手の位置を計算する。

「久しぶりに会ったっていうのに、あなたは本当に厳しいね」わざと残念そうに、それは声をあげた。

「そろそろお黙りなさい」


 彼女のその声を合図に、黒澤はスリンガーで勢いよく電磁グレネードを連投させた。光源が倉庫内に光の柱を瞬間的に発生させ、そこに居たであろう人影が素早く跳んだのがわかった。


 だが日向は身体に似合わない素早さで跳躍しその影を追った。黒澤もすかさず場所を変えて、機体が移動してくるであろう場所に粘着グレネードを撃ちこむ。機体が足を取られたわずか数秒にみたない間に、体を捻りながら飛び出してきた日向の一打が機体をかすめた。致命打にはならず、彼女は舌打ちする。


 粘着素材を焼き切ったのか、機体が横に跳ねたところで黒澤の放ったボウガンがその脚を貫いたが、バランスを崩すことはなかった。その機体は脚を思い切り壁にたたきつけて矢を押し出し、引き抜いた矢を二つに折り投げ捨ててから日向の前に飛び出していった。


 彼女の視界から一度消えたように思えたのは、機体が足払いを仕掛けたからだが、後ろに跳ねてそれをかわす。機体と距離を取ったところで、彼女は顔をしかめた。ボウガンを構えながらそちらに移動してきた黒澤には、笑っているようにも見えたが。その機体は、わずかな灯りが漏れている場所へ姿を現すと、微笑みをかたどった表情で二人を見ていた。

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