5.またね?

「いい具合に地面が凍ってるね」

「え?」

「なかなかいい腕じゃない?」

 いたずらな笑みを浮かべて私にそう言った。皮肉を言われているはずなのに何も嫌味に聞こえなかった。その人はたった今破壊したオートマタを覗き込んで、ちゃんと壊れているか確認しているみたいだった。目を眺めているようにも見えたから、私はちょっとドキドキした。だってそんなことされたら本当にウェティブだったみたいじゃない。


「よし」って言って、彼女は私に向き直った。まっすぐ立たれると本当に壁みたい。しっかりした体格で、ちゃんと鍛えているのがわかった。並の男の人なんて(黒澤さんくらい小柄だと)、片手で持ち上げられちゃいそうだなって感じ。ウインドブレーカーを着ていて、オシャレしているわけでもないのに、しぐさや振る舞いがすごく女性らしかった。品があるっていうか。


 この天気で動いても崩れないメイク方法も教えてほしい。まつげ超上がってる。

 …まぁ、なんか、こんな場所にハイキングに来たの?っていう格好だったけど、そんなの跳ね除けるくらい、オレンジのリップがとても似合ってる。どこで買ったんだろう。赤だったらこの人には強すぎるだろうなって。ふと、私は自分を見下ろして、「この差はなんだ」ってつぶやきそうになったけど、もちろん止めた。私がひとりで落ち込んでいると彼女が口を開いた。


「あなたこの街の方? 違法を目にして動じないってことは、事務局か対応業者よね?」

「そうです、ありがとうございます」私もすぐに答える。

 見た目と話し方のギャップに驚く。まるで野生の女王のようだった。

「危ないところだったわね。慣れてるっていっても、油断は大敵よ」

 彼女はそう言って、辺りを見回した。他に出てこないか注意しているみたいだった。それは私も同じだった。

私は「ええ」と返事をして向き直る。


「ところで、この街の人なら、道にも御詳しいでしょう、教えてくださる?」

「構いませんよ、ほんとはちゃんとお礼したいところですけど、私も今のを報告したいので」

「お礼なんて。同業者なんですから助け合いましょう、この店なんだけど」

「ああ、ここなら…」

 私は彼女の端末にチェックを入れて、指定の店までのルートを読み込ませた。「なるほどね」と彼女が言いながらマップを掲げると、実際の道なりにマーカーが表記されたはずだった。「あら、便利ですこと」彼女はそういって、私に笑顔を見せた。朗らかに手を振ると「またね、ありがとう」と言って足早に去っていった。雨の中徒歩で行くつもりかって思ったけど。


「またね? だって」

 私は「変なの」って言って一人で笑いながら、展開したままのホログラムシールドを傘の代わりにして自分の荷物を確認した。そして足元に転がっている、たぶんウェティブが転送していたらしい機体を眺めてちょっとウキウキする。いただける部品はいただいていこう。と。その前に黒澤さんに連絡しなきゃ。


”黒澤さん、お休みの日にすみませんですが、こちら回収先でウェティブみたいな違法がでました。でも無事です。通りすがりの方に助けていただきました。そちらは問題ないですか?”



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る