第21話 真実の扉
オバケ君はよくよく考えた。
オヤジを納得させる最善策は何か?
『知るはずもない夢の出来事を、全部自分が先に話してしまえば良いんだ。そうすれば、信じてくれるに違いない』
だから、一番ふさわしい場所を選んだ。
すなわち、自分が自らの命を断った、あの場所を。
自分の研究室があった建物の七階。
オバケ君は窓の下に広がる街明かりを眺めていた。
人気の無くなった研究棟に、約束通りオヤジがやって来た。
オヤジは待ち合わせ場所に驚いた。
まさかのオバケ君が飛び降り自殺を図った場所だったからだ。
オバケ君にとって、二度と思い出したくない場所のはずなのに。
なぜ、あえて、この場所を選んだのか、分からなかった。
この時、オバケ君はまだ、窓から夜景を眺めていた。
エレベーターのドアが開く音と同時に、オバケ君は窓から目を反らせた。
エレベーターの扉からオヤジが現れた。
『オバケ君、何もここでなくても、良かったんやないか?』
オバケ君を見るなり、そう叫んだ。
『ここの方が都合が良いんだ』
オバケ君は無表情で答えた。
二人は、狭いエレベーターホールに置かれた長椅子に腰掛けた。
さっそく、本題に入ろうとしたオヤジに、オバケ君は自分から強引に話を切り出した。
オヤジが最初に見た図書館の悪霊騒動から、地獄に落ちてしまった恐怖体験の話。そして、悪霊の正体と原因を突き止めた事や、地獄から引き返す途中に、オバケ君と離ればなれになってしまった事など。
また、遺跡保管庫を破壊しようと蘇った先人たちの霊を、オヤジが身体を張って食い止めた奇妙の体験。
更には、恐ろしい魔力を使って、大学の知的財産とも言うべき、全ての研究データを盗み取ろうとした、インド人留学生ルドラ・マリックを捕まえた大捕物について、詳細に話したのだった。
当然、オヤジは唖然と口を開けて、聞いていた。
オヤジは只々、圧倒されながら、一言も発せず、目だけが異様に忙しく泳いでいた。
超魔術でも仕掛けられ、まるで、頭の中を透視されたかのような、理解しがたい現実に怯えていた。
『生死の中で見た、あの夢は、オバケ君と超現実な世界で、お互いが共有して体験した事やったなんて!』
だが、オヤジは心の奥底で少しずつ、あの時、オヤジは生死をさまよっていて、自分の魂が抜け出し、超現実の世界を駆け巡っていた事に確信を持ちはじめていたからであった。
そこへ、神野さんが現れ、想像もしなかった真実を知らされる事になったのだ。
『僕が瑠璃さんを、ここに呼んだのはね。この場所で命を断った僕が、お化けの姿で存在するのと同じ様に、瑠璃さんの見た夢は全部、本当なんだって事を受け入れて欲しかったんだよ!』
オバケ君は今にも泣き出しそうな顔で言葉を絞り出し、オヤジを何とか納得させようとした。
しばらく、二人の間に沈黙の時が流れた。
やがて、口を開いたのはオヤジの方だった。
『実は昨日、大学から表彰を受けたんや』
オバケ君は、オヤジの顔を見た。
オヤジはそれ以上、言葉を発しなかったが、ようやく理解してくれたという思いが、横顔から読み取れた。
その後、図書館の雰囲気が、見違えるように変わった。
オヤジの体力も十分に回復し、今まで通り、夜間巡回に出た時、オバケ君と図書館に掛けられた『愛しき四人姉妹』の絵の前に立っていた。
『もう、あの妖怪たちも悪さをしないだろうね』
オバケ君が安心した様に言った。
『そやな。これでもう、新任警備員を脅かす事もないやろう』
オヤジは絵を、真っ直ぐに見据えて言った。
絵の中の四人姉妹の顔も、今は優しく微笑で見えた。
数日後、またもや奇跡は起きた。
桜並大学のある桜並木市より、我が町の歴史を、もっと知ってもらおうと、毎年、春のシーズンには、当大学のキャンパスで、花見の開催と、年間を通じて高齢者を対象とした‘’古代遺跡巡り‘’と題したウォーキングの企画が決定した。
先人たちの知恵が結集された技術力が、大勢の人々に、広く知られる時が訪れたのである。
あの大事故以来、オヤジにとって良い事尽めの連続だった。
だが、まだ一つ疑問が残る。
インド人留学生、ルドラ・マリックの事だった。
『ほんまに、この大学にそんな恐ろしい学生がいたんやろか?』
オヤジはもう一度、確かめて見たかった。
大学に居たとしても、もう二度と悪事を働かないという確信が欲しかったのだ。
姿格好は、はっきりと覚えている。
あの時、気を失ったルドラを医務室に連れて行こうとした時、神野さんが現れ、こう言っていた。
『ルドラからは、恐ろしい魔力は消えました。もう、第三の眼は現れないでしょう。あなたたちの勝利です。正に奇跡と言ってい良い』
もし、ルドラの悪事を知らなかったら、この大学はどうなっていたのかと考えると、背筋が凍りつく。
この前代未聞の大事件は、おそらく未来永劫、外に漏れる事はないだろう。
後々、わかった事だが、学生たちの噂によると、ルドラ・マリックという人物は、インドの歴史ある資産家の元で、養子として育てられたが、厳格な父との間に確執が生まれ、複雑な家庭環境にあったという。
だから、彼の本当の素性を知る者は誰もいなかった。
だが、何はともあれ、二人のお陰で、大学の名誉と財産が守られた事実には変わりはなかった。
オヤジの疑問に対して、オバケ君は何度もルドラをキャンパスで見掛けたと言っていた。
ならば、自分の目で確めるのみ。
更に、彼は笑いながら、こう付け加えた。
『魔力?心配はいらないよ。ここはお化けの僕の言う事、信じてくれないと!』
これで、全ての疑問が晴れるのだ。
オヤジは改めて思い返した。
あんなに身近に感じていた、神野さんの存在が、今では全く遠い存在になってしまった。
警備室内で、一番頼りなく感じていた人が、神様だったとは。
神様だったからこそ、この街の歴史は、もちろんの事、大学ができてから今日に至るまでの様々な事件や謎について、知っていたのにも頷けた。
今、オヤジは無性に神野さんに会いたかった。
会ってもう一度お礼が言いたかった。
命を助けてくれた恩人に。
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