第16話 インド人留学生ルドラ・マリック

二人は、学生の出入りの多い図書館へか向かった。

オバケ君の言う怪しい学生と言うのは、風貌からインド系の男子学生で、オバケ君とは学年は違うが、彼と同じ学部に所属しているらしかった。

オバケ君の言い分は、顔に特徴があるため、人が多く集まる図書館へ行けば、見つけやすいと言うことだった。

しかも、彼はよく図書館へグループで来るらしかった。

朝の開館時間から、2人は1階のロビーで学生たちの来るのを待ち構えていた。

玄関が職員の手で開けられると、ゾロゾロと多くの学生が入館してきた。

『オバケ君、こんな明るい時に人前へ出て、大丈夫なんか?』

学生の列を横目で見ながらオヤジは尋ねた。

『今更、何言ってるんだよ?僕の姿は誰にも見えないさ』

『あっ!そうか』

オヤジは、すぐに理解した。

『もう、あいつらもいないし、何も怖いものはないさ』と言った。

『あいつら?』

オヤジは一瞬、誰の事か分からなかった。

親友の枝野智也と恋人の片山レイナの事だ。

すでに、彼らは二年前に、桜並大学を卒業していた。

あれから、二年が経っていた。

本来なら、オバケ君もここには、いないはずだった。

オヤジは言い知れぬ悲しみが、込み上げてくるのを、グッと呑み込んだ。

突然、オバケ君の顔の表情が変わり、対象物を目で追い始めた。

『あいつだ!』

首を長く伸ばし、後をつけ始めたオバケ君のあとを、オヤジも着いていく。

『間違いないのか?』

『ああ、間違いない』

書籍棚の陰から険しい目つきで、刑事さながらの身のこなしだった。

オバケ君の捜していたインド人留学生は、やはり友人グループと一緒だった。

一瞬、図書コーナーへ行きかけたが、自分のカバンの中から数冊の本を取り出すと、書籍の貸し出しカウンターで返却した。

そのあと、彼は友人グループと別れ、一人違う方角へ歩き出した。

二人はその後をついて行った。

やがて、インド人留学生がやって来たのは、バイク駐車許可登録を行う窓口カウンターだった。

どうやら、登録期限が切れたらしい。

慣れた手つきで、カウンターに自分の身分証明書と更新手続書を出した。

『今だ!』

オバケ君は留学生のもとに近付いていった。

目当ては、カウンターの上に無造作に置かれた身分証。

留学生は、手続き用紙の空欄を、ボールペンで埋めていた。

ルドラ・マリック

工学部 ロボティクス学科

二回生

と記されていた。

オバケ君は、それだけを確認すると、気配を悟られないように、その場を離れ、オヤジの所に戻って来た。

『わかったよ。やっぱ、僕と同じ学部の二回生だった』

すでに、興奮状態のオバケ君。

『これで、彼の利用する建物や授業が特定できたから、更に後をつけやすくなった』

と意気込んだ。

『彼のどこがおかしいんや?普通の留学生にしかみえへんけど』

『まあ、見てて。必ずしっぽを出すから』

オバケ君は、ある確信めいた言い方をした。

その夜、たしかに怪しい事件が起きた。

キャンパス内は一部、実験や研究生が建物に残っているくらいで、学生や先生たちの姿はなかった。

にもかかわらず、ルドラと名乗る留学生は一人、教員室事務室の前の屋外ロビーに設置された長椅子に腰掛け、携帯をいじっていた。

人気がほとんどなくなると、教職員室事務所から教室に抜ける裏通用口へ入って行った。

非常階段が見え、階段下スペースにある小さな倉庫の前で彼は立ち止まった。

二度三度、周囲を慎重に伺ったあと、鉄扉の取っ手部分のカギ穴をジッと見つめ、微動だにしなくなった。

その姿は明らかに怪しかった。

カギ穴に向かい口元を微かに動かし、意味不明な言葉をつぶやき始めた。

オバケ君は建物の柱の陰に隠れて、探偵気取りで熱い視線を送り続けた。

『あいつ、あんな所で何をする気だ?』

オヤジも悪い予感がしていた。

時期も時期だからだ。

そこは、来年の入学試験の問題と答案用紙が収められている倉庫だった。

オヤジたち警備員は、この倉庫だけはトップシークレットとして、厳重に管理する事が大学側から、言い渡されていたのである。

特に、受験を間近に控えた時期でもあり、厳重に取り絞まらなくてはならない場所であった。

『あそこは、来年の入試問題が、納められている所や!』

オヤジの表情が、硬くなっていた。

『やつはそれを盗み出す気なんだ』

『でも、どうやって盗む気や?』

オヤジは少しイライラした様子でつぶやいた。

その時、ルドラ・イシャーナがピクリと反応した。

何かを察知したようである。

しまった!気づかれた!

ルドラ・イシャーナはオヤジたちの方を見た。

二人は息を殺してばれないように気配を消す事に必死だった。

だが、彼は周囲をキョロキョロ見渡すとその場から立ち去ってしまった。

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