第15話 神野隊員の正体
『オバケ君!よく戻ってこれたなあ』
オヤジが驚くのも無理はなかった。
フシダラ王のいる地獄から、逃げ出す途中で、谷底に消えてしまったオバケ君が、どうやって戻ってくる事ができたのか?
当然の疑問だった。
『大丈夫ですよ。私がフシダラ王に、ちゃんと話をつけましたから』
神野隊員が、横から口を挟んだ。
オヤジは神野隊員の言う事が、全く理解できていなかった。
だが、ついにその時が来た。
神野隊員は、この時を待っていたのだ。
彼は困惑するオヤジに向かって、真実を語り始めた。
『瑠璃さん、残念ながら、あなたはまだ、現実の世界に目覚めていません。あなたは今、生死の狭間にいます』
オヤジは、ハッとした。
消えた記憶が一瞬、蘇った。
『私には、願ってもないチャンスが訪れたのです。私は誠実で優しく、何より信頼できるあなたに、私は今まで見て見ぬ振りをしてきた自分を正そうと思いました。ですから、全てをお話ししますので、あなたの命、しばらく私に預けてくれませんか?』
オヤジも、この現実を乗りきるには、神野隊員の言う事に従うしかないと思った。
『では、話を聞いてください。・・・今から遡る事、十年前。当時、この大学にいた理事長と学長は、とても仲が悪かったんです。そして、その空気が、下で働く全職員にまで及んでしまいました』
神野隊員は、言葉を切り、悲しそうな視線をオバケ君に向けた。
『それ以来、この大学には優秀な教授や職員たちが居たのですが、年々評判が落ちて行きました。当然、良い学生も段々少なくなってきました』
オバケ君も話を聞きながら、椅子から立ち上がった。
『実を言うと、私は人間ではありません。私は、この町の守り神なんです』
『えっ!』
オヤジは目を丸くして驚いた。
『驚かせてすみません。私にとって、神野隊員は仮の姿でした』
そう言いながら、神野隊員はオバケ君に近付き、彼の肩に軽く手を置いた。
『このオバケ君も、犠牲者の一人かもしれない』
オバケ君は神野隊員の言葉に、今更ながら少し救われたはような気がした。
『私はこの大学に危機を感じています。そして、幾つかの秘密が潜んでいます。しかし、残念な事に私には秘密を暴く力はあっても、解決させる能力は持ち合わせていません。つまり、この大学に関わる人間でしか、解決する事ができないのです。結局、図書館の悪霊騒動や遺跡の先人霊も、この大学に関わる人間の心が産み出した、負の遺産に過ぎなかったのです』と説明した。
オヤジは思わぬ所で、桜並大学の原点にまつわる話と、すさんだ現実について知る事になった。
オヤジは改めて神野隊員を見た。
だが、今はもはや、平素、慣れ親しんだ神野隊員は、跡形もなく消えていた。
神野隊員は再び、オヤジからオバケ君に目を移した。
『さあ、今度は君から話しなさい』
神様にそう促されたオバケ君は、オヤジと向かい合った。
『瑠璃さん。僕と一緒に探して欲しい人物がいるんだ』
こんなに気を使って話すオバケ君を見るのは、初めてだった。
『僕が学生をしていた頃、この大学に気になる奴が居たんだけど、どうもそいつの行動が変だったんだ。でも、当時は正直、半信半疑でいたんだけど、こっちの世界に来て、ハッキリしたんだ。奴はその内とんでもない事件を引き起こすってね!』
オヤジは相づちを打ちながら、聞いていた。
『死んで間もなくの頃は、こんな大学無くなれば良いとさえ思っていた僕だけど、瑠璃さんと神野さんに出会えたおかけで、考えが変わってきたんだ。そいつが事件を起こす前に食い止めたいんだ。だから、僕に力を貸してください。お願いします』と、頭を下げた。
ようやく、オヤジの記憶は完全に蘇った。
『そうや!思い出した。俺はあの時、大きな看板を担いだ学生とぶつかり、飛ばされ階段を転げ落ちた末に、壁で頭を強打したんやった。ほんで今、ここにおるんや!』
今、自分は生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのは間違いないと確信した。
しかも、大学で働く普通の警備員が、これほど奇妙な体験に出くわすなどとは、誰が予想できただろうか。
『俺は死ぬかもしれない。それに、俺には大切な家族がいる。真理恵、一輝、夏海。特に、夏海、お前の事が気掛かりだ。けど、こうなりゃ、お化けの世界だろうが、天国だろうが、地獄だろうが、どこへでも行ってやろうやないか!』
オヤジは、心に誓った。
『よっしゃ!エエで。そいつが何者か、突き止めてやろうやないか!』
オヤジはニッコリ笑みを浮かべて、オバケ君の肩をポンと元気よく叩いた。
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