第14話 蘇る先人たち
オヤジは緩やかにせり上がるキャンパスロードの真ん中に立ち、遺跡保存庫のあるグラウンドの方角を見詰めていた。
黄昏時の空に、黒い煙が尾を引いていた。
『なんや、あれは?』
正面から数名の学生が慌てた様子で、掛け降りて来る姿が目に映った。
『火事です。突然、遺跡保存庫から煙が…』
一人の学生はオヤジの袖を掴んで、そう訴えた。
『えっ。火事?』
再び、遺跡保存庫で異変が?
夏の終わり頃に、連続して起きた不審火以来の出来事だった。
オヤジは警備室に電話を掛けた。
だが、だれも出ないので、とにかく、現場に向かって駆け出した。
すでに、遺跡保存庫の鉄扉から、大量の煙が漏れていた。
オヤジは周りに声を掛け、学生たちに現場から離れるよう訴えた。
遠くから消防車とパトカーのサイレンが聞こえてきた。
現場に、物々しい格好をした消防隊員たちは、オヤジが開けておいた遺跡保存庫の中に消えていった。
ところが、数分程で消防隊員たちは一様に首をかしげながら出てきた。
なぜなら、火事の痕跡が見当たらなかったからだ。
あれだけの煙が出ていたにもかかわらず、中へ入ると火の気らしい場所も何も見つからなかったと言うから不思議であった。
たしかに、煙は出ていた。
多くの部活学生たちが見ていたはずである。
時間ばかりが過ぎて行き、またもや原因不明の事故として片付けられてしまった。
やがて、消防隊員たちや警察官は引き上げていった。
すでに夕暮れが迫り、辺りは静けさを取り戻した。
キャンパスにも外灯が灯り、空には満月が出ていた。
『毎回、人騒がせな遺跡やで』
オヤジは大きく溜息を吐き、保存庫の扉にカギを掛け警備室へ引き上げようとした、その時だった。
遺跡入口扉から、再び煙が漏れてきた。
オヤジは誰も居ない現場で、思わず扉を開けてしまった。
中はゴウゴウと音を立てて、地下の方から通路を伝い、炎が噴き出していた。
『警備室に連絡を!』と扉の方を振り返った瞬間、見知らぬ男たちに脇を抱えられた。
更に、別の男たちがオヤジの周りを取り囲んだ。
オヤジは手と足の自由を奪われ、地下へと連れて行かれてしまった。
炎の中をすさまじい速さで降りていく。
男たちは何者なのか?
服装を見ても、目新しさを感じない。
まるで古代史に出てくる白装束の薄い布を纏い、頭には頭巾のようなものを巻いていた。
オヤジは担がれたまま、遺跡のある地下室に連れてこられた。
次々、男たちは手を放し、オヤジの体を乱暴に地面にたたきつけた。
眼の前には、想像もしなかった光景が広がっていた。
『なんや、これは?』
オヤジは興奮して叫んだ。
タイムスリップしたのだろうか?
遺跡のすべてが息を吹き返した瞬間だった。
四角く切り取られ、盛り上げられた土壌に、残された当時の製鉄所が蘇っていたのだ。
高く盛り上げられた土の窪みから、ドロドロに溶けた鉄が眩しいまでの光を放ちフツフツと沸き上がっていた。
男たちは゛ふいご"と呼ばれる、風を送る道具の両脇に立ち、風を送り込んでいた。
シーソーの様にふいごが踏まれるたびに、ゴウゴウという音を立て鉄が熱せられていた。
『この人たちは誰なんだ?』
困惑するオヤジは、頭の中に溶けた鉄を流れ込み、脳みそが溶けていくように記憶が遠のいていった。
そこへ、一体の黒い影が現れた。
影はメラメラと火を放つ遺跡を背に、立ちはだかった。
そのせいで、表情が見えなかったが、手にした松明の明かりが、その表情を浮かび上がらせた。
黒い影は長い立派な顎髭を生やした長老だった。
その間にも狭い空間は、炎に熱せられ相当な高温に達していた。
オヤジは肩で息をしていた。
『熱い。息苦しい!』
オヤジは、長老の顔を見た。
表情は非常に険しく、怒りに満ちているようだった。
その時、オヤジと目が合った。
『オイ。そこの男』と乱暴に呼びつけた。
『なぜ、我々の製鉄所を掘り起こし、このように残しているのじゃ』
荒々しい声で言った。
大勢の男たちは長老を見ていた。
長老は続けた。
『我々はこの製鉄炉は長年にわたり、最良の鉄具を朝廷に献上するために、工夫を凝らしてきたが、満足のいく品物ができず、手放した場所なのじゃ』
と話した。
オヤジは、勇気を持って聞いてみた。
『一体、あなたたちは?』
『我々のことを知らないのか?』
しばらくの間、長老は無言で立っていた。
突然、手に持っていた松明を頭の上に振りかぞすと、周りにいる男たちにすべて焼き尽くすよう命じた。
『これでわかっただろう。だれもわしらの事を知らない、この世に、このような物は必要ないのじゃ!』と長老はわめいた。
オヤジは咳きこみながら、最後の力を振り絞るように立ち上がった。
そして、燃え盛る遺跡の前に大きく両手を広げ立ちはだかった。
『この遺跡は誰が何と言おうと、絶対に必要なものなんや!』
咄嗟について出た言葉だった。
日頃から遺跡について研究する学者たちや、この大学に通う学生や先生のために。
今後の技術進歩に大いに役立つ生きた資料として、残さなくてはいけない歴史的価値があるのだ。
『あなたたちにとっては、何の価値もない、失敗だったかもしれないが、今の日本にとってはとても大切なものなんだ』
と訴えた。
゛俺はただの警備員"
どれほどの知識もない人間が、こんなに熱く語るのも変な話だとも思った。
パンパンパン。
その時、別の方角から拍手の音が聞こえた。
陰からパッと炎に照らされて現れたのは、一人の大柄で恰幅の良い女性だった。
女性は全身、オーラに包まれているようだった。
周りの男たちは女性の登場と共に口々に名を呼んでいた。
女性は長老の横に来て立ち止まった。
長老のおかみさんのようだった。
おかみさんの横に立つ長老は、子供のように小さく見えた。
長老と並ぶや否やオヤジの顔をマジマジと覗き込んだ。
やがて大きくうなずき、背筋を伸ばしニッコリとほほ笑んだ。
『あんた、この人の言う通りじゃないか』
燃え盛る炎の音が遺跡を包んだ。
男達もおかみさんと長老の顔を見ているだけだった。
長老は無言のままおかみさんの顔を見ていたが、右手に持った松明を地面に投げ出してうなずいた。
おかみさんは、長老の方を見て言った。
『この人の言う通りかもしれないよ。月日は経っても、この場所を大切に思い、必要としてくれているんだから。喜ばなくては』
そして、笑顔になりオヤジを見た。
『もう、いいんだよ』
先ほどから、遺跡を守ろうと、必死に両腕の一杯に広げ、岩のように動かず立っているオヤジに、やさしく声を掛けた。
『あんたも、そんなにがんばらなくても良いから。うちの人もわかったみたいだしさ』
と言いながらオヤジの広げた両腕に手を掛け静かに下してくれた。
もう一度、おかみさんは長老の顔を見た。
そして、オヤジの手を取り、二人は固い握手をかわした。
『ありがとう』
おかみさんは、笑顔で言った。
長老もしぶしぶ握手を交わした。
急に、オヤジの目に涙があふれ出し、長老たちの顔が見えなくなってしまった。
その時、突然バタンと鉄扉が大きな音を立てて閉まった。
一瞬の出来事だった。
オヤジが袖で涙を拭う間もなかった。
たった今まで、大勢の男達や目の前のおかみさん、長老。
あれだけの炎と熱気に包まれていたはずの空間が、寸分違わず普段通りの遺跡保存庫に戻っていたからだった。
『おかみさん!おかみさん!』
『長老!長老!』
大声で呼び掛けてみたが、返事はなかった。
おかみさんの優しい笑顔が瞼の裏から離れなかった。
暗闇にオヤジだけがポツンと取り残された。
しばらく経って、遠くでオヤジの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
声はだんだん大きくなり、こちらに近づいてきた。
声の持ち主は、懐中電灯を手にした神野隊員だった。
『ここにいたんですか?瑠璃さん、電話しましたか?ワン切りだったんで、誰からかわかりませんでしたわ』
神野隊員はオヤジの無事を確認して安心した様だった。
『何かあったんですか?』
神野隊員が尋ねた。
オヤジは何も答えなかった。
それより、隊長に何て説明したら良いのか焦っていた。
゛電話連絡もせず、今まで何をしてたんや"と怒られるに違いない。
遺跡保存庫にカギを掛けたオヤジは、隊長の待つ警備室へ歩き始めた。
空には一面きれいな星が輝いていた。
つい先ほどまで燃え盛る炎の中閉じ込められて気付かなかったが、ようやく外の風の冷たさに気付き始めた。
警備室が見えてきた辺りで、後ろから着いてきた神野隊員がトントンとオヤジの肩を叩いた。
『ハイ?』
『瑠璃さん、隊長に報告するのも大事ですけど。まず目の前の隊員に現状を伝えなあかんのとちがいますか?せっかく、心配して迎えにきたんやし。そらないですわ』
振り返ったオヤジはその表情にゾッとした。
゛やっぱり、いつもの神野さんとちがう"
すべてを見透かした神野隊員の目だった。
『瑠璃さん、事実を早く、正確に伝えるのが、我々の仕事とちがいますか?』
神野さんとは思えない言葉だった。
『神野さん、何か最近おかしいですよ?』
とオヤジは正直に言った。
『いいえ、これが本当の私ですわ。なめたらあきませんで』
オヤジは雷に打たれた様なショックを受けた。
電流は全身を駆け巡り、これ以上聞き返す事も許さないオーラのようなものに包まれた。
オヤジは放心状態で立っていた。
『さあ』
神野隊員に背中を押され、警備室の扉をあけると、驚いた事にオバケ君が隊長の席に座っていた。
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