第13話 悪霊たちの正体
突然、視界が避け、隙間から薄っすらとした光が差し込んできた。
霧で何も見えなかった視界が急に開け、突如として、今度は大きな洞窟が出現した。
洞窟は果てしなく、どこまでも続いているように見えた。
ゴツゴツした岩肌に、朱色をした不気味な柱が等間隔に並んでいた。
柱と柱の間には、重厚な扉で閉ざされた部屋らしきものがある。
鉄扉は洞窟の奥まで、延々と続いているようだった。
『中に何があるのだろう?』
その時、一番手前の鉄扉が、きしむ音をたてながら開いた。
開いた扉の奥から、ゆっくりと紫色の霧が垂れ込め、足元が見えなくなった。
『どうする?』
オヤジが口を開いた。
『行くしかないでしょう!』
二人は勇気を出して中に足を踏み入れた。
ろうそくのような柔らかい光が、辺りを照らし出していた。
ここにも、朱色の頑丈な柱が、無数に立ち並んでいるのを見れば、相当、中は広い事がわかる。
唖然として立ち尽くす二人に向かって、奥から太い声が呼び掛けた。
『こっちへ来い!』
『誰かいる?』
思わず後退りしたくなるような声だった。
突然、薄明かりを背に、黒い大きな影が現れた。
『閻魔大王?』
岩のように大きな椅子に、声の主が腰掛けていた。
その姿を見た途端、二人は喉をもぎ取られたように、声がでなくなった。
‘’ここが何処なのか‘’、オヤジは声を搾り出そうとしたが、無理だった。
恐怖の余り、足に根が生えたように動けない二人に、黒い影は大きな図体を、ゆっくりと持ち上げ、机の前に乗り出した。
オバケかぼちゃのように、ごつごつした顔が、机に置かれたろうそくの光に照らされて、一層異様な形相を覗かせた。
太い眉毛を押し上げ、大きく両目を見開き、二人を交互に見比べた。
やがて、大きな図体を、その体格に負けない程、大きな椅子にドッカと腰を落ち着かせて、こう言った。
『一人は、瑠璃光介。もう一人は、生前の名を大葉圭太。現在、桜並大学の警備員と元当大学生だな?』
黒い影は、そう告げ、再び立ち上がった。
そして、暗闇を指差した。
霧で何も見えない空間に、突如として人の背丈ほどもある大きな水かめが現れた。
黒い影は、二人に向かって、水かめに設けられた踏み台を指し示した。
かめの中には、満々も水が湛えられ、水面は、まるで鏡のように滑らかだった。
二人は、くっきりと浮かび上がった自分たちの姿に驚いた。
『これは、真実を映し出す水かめじゃ。お前たちも良く知っていよう!』
大男はそう言いながら、軽く水面に自分の指を押し当てた。
水紋が広がり、水かめの底から二人の今までの行動が、ゆらゆらと浮かび上がってきた。
まるで、自作映画を見せられているかのようだった。
しばらくの間、沈黙が続いた。
『おおよその事はわかった。お前たちが、ここへ来た訳は、当大学内にある図書館で起きている悪霊騒動の一件のようだが?』
大男は、一端言葉を切って、自分のあごひげを軽く撫でた。
『しかし、よくここがわかったものだ』
ゆっくりと椅子に腰を落ち着け、二人を交互に、にらみつけた。
『あの~』
ついに、オヤジが言葉を発した。
少し驚いた様子の大男は、オヤジの方に視線を向けた。
『申してみよ!』
『今、見た事が本当なら、要するに、我々の大学自体に問題があるという事ですよね?』
今まで、これだけ緊張して人に質問した事があったろうか。
返事はすぐに返ってきた。
『そのとおり!図書館の絵に、取り憑いている悪霊の正体は、ズバリ人間の心の隙、油断、気の緩みから生まれた妖怪の仕業じゃ。今は妖怪と言っても、まだ子供。だが、放っておくと、やがて成長し、手が付けられなくなるぞ!』
考えもしなかった事だった。
だが、真実の水かめに見たものは、正に桜並大学の学生たちの心の中だった。
不平、不満、妬みなどに満ちた心を持つ学生の多さに驚かされた。
つまり、学生たちの出すマイナスの気が、日々、知らず知らずの内に、図書館の中で泥のように蓄積していて行ったのかもしれない。
パソコン、スマホ、時計など、貴重品の忘れ物だったり、自分が要らなくなれば、置いて帰る学生もいるのだから。
また、借りた本を大切に扱わず、そして、期日通りに返さない。
自分さえ良ければ、人の事など、どうでもいいと思っているにちがいない。
だから、図書館職員との関係が悪くなるのも納得できた。
『どうだ!改めて思い当たる節があるであろう?』
大男が言った。
オヤジと大男のやり取りを、横で聞いていたオバケ君は心が痛んだ。
突然、大男は椅子の下に手を差し入れると、何かを掴み上げ、机の上に置いた。
『その妖怪の正体は、このウッカリ、ポッカリの仕業じゃ!』
ウッカリ、ポッカリという、妖怪の名前らしい。
机の上に、ちょこんと行儀よく座り、二人の方を見ているのは、子供の狸と狐だった。
ちょうど、二匹ずつ、計四匹いた。
『やっぱり、ここは地獄なんや!』
オヤジは確信した。
『左様!ここは、地獄の一丁目!』と、大男が言った。
『ほな、貴方はあの有名な閻魔様?』
『わしの名は、フシダラ王!閻魔ではないわ!わしの役目は、お前たちが陥りやすい、心の隙、油断、堕落など、人間の心の内面を司る監視員じゃ』
フシダラ王?初めて聞く名前だった。
これで、ようやく謎が溶けた気がした。
『図書館の悪霊の正体が、子狸と子狐だったなんて!』
オヤジは、もう一度冷静に、ここへ来た理由を思い返してみた。
『では、どうしたら、図書館の悪霊を消す事ができますか?』
フシダラ王の顔が急に険しくなった。
二人は思わず後退りした。
オヤジが、あまりにも単純に答えを求めてしまったからだ。
『それは、お前たち自身が考える事じゃ!』
地獄では、自分で気付くしか、答えはないらしい。
『よっしゃ!わかった』
オバケ君は驚いてオヤジの顔を見た。
オヤジの表情から、 動揺している様子は微塵も感じられなかった。
『瑠璃さん、そんな事言って大丈夫なの?』
オバケ君は不安のあまり聞き返した。
『ああ、大丈夫や!ちょっと、前から考えてた事があるんや』
オヤジは、笑みを浮かべながら、オバケ君の肩を叩いた。
『用件は済んだ。では、お前たちに判決を言い渡そう!』
重そうなガベルという木槌を力強く振り下ろした。
ガツン、ガツン。
『瑠璃光介、今後の行いに期待しよう。よって、無罪!一方、大葉圭太、お前は自らの手で命を絶った事は重罪に値する』
一瞬の間があった。
『よって、お前は底知れぬ地獄へ案内する!』と言った。
『警備員。お前の方は帰ってよし!』
フシダラ王は情け容赦のない表情で言った。
その時、オヤジは咄嗟にオバケ君の腕を掴むと、一目散に駆け出した。
辺り一面、薄暗い霧が立ち込め、足元もおぼつかなかったが、ともかく必死に、もと来た道を引き返した。
もはや、オヤジが手にしたライトは、役に立たなかった。
だが、そんな事など気に止めている暇はなかった。
ただ、ひたすら夢中で走った。
『オバケ君と一緒に戻るんや!』
その思いだけが、オヤジの心を掻き立てた。
『ここまで、来ればもうええやろ!』
ふと気を緩めた時だった。
『あっ!』
一瞬にして、オバケ君の姿が霧の中に吸い込まれてしまった。
しかも、オヤジが振り返ると、今まで逃げてきた道はなくなっていて、真っ暗な深い谷底が広がった。
『瑠璃さーん!』
オバケ君の叫び声だけが、深い谷底に木霊した。
『オバケ君!オバケ君!』
オヤジは暗闇の中で、叫び続けた。
助ける間もない一瞬の出来事に、呆然と立ち尽くすオヤジに、暗闇は容赦なく襲いかかってきた。
暗闇が大きく揺れだし、足元が崩れ始めたのである。
迷っている暇はなかった。
とにかく、もと来た道を戻るのだ。
激しい揺れのおかげで、あちこちに体をぶつけながら階段を必死に掛け上った。
突然、オヤジの目の前に扉が現れた。
『助かった!』と、思ったのもつかの間。
手を扉に掛けたと同時に、足元の階段が崩れた落ちた。
『ああーっ!』
全身の力が抜け、体が沈んていく。
その時、間一髪、扉が開き灯りが見えた。
気が付くと、神野隊員が立っていた。
『大丈夫ですか?』
オヤジは聞き覚えのある、懐かしい声で正気を取り戻した。
『神野さん』
オヤジは全身血だらけになりながらも、何とか警備室に辿り着いたようだった。
『神野さん、オバケ君が地獄に取り残されてしもた。助けんとあかん!』
悲痛なオヤジの訴えとは裏腹に、神野隊員は何故か余裕の笑みを浮かべながら、こう言った。
『大丈夫ですよ。ちゃんと話は着いていますから』
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