第9話 戻せない過ち

オバケ君は北海道・札幌市に生まれ、何不自由なく育てられた。

父もまた、東京にあるロボット技術センターの研究員として働いていた。

幼少期のオバケ君は、北海道の雄大な景色を見て育ったお陰で、美しい大空に思いを馳せるようになった。

また、父親譲りのロボット好きで、いつもロボットのオモチャを手にしていた事から、地元では"ロボット親子"と呼ばれていた。

やがて思春期を迎えた頃、人見知りが激しくなった。

一人、家にこもることが多くなり、自分の世界に浸ることが好きになっていった。

高校での成績は、いつもトップクラスで大学受験の時、ついに念願の桜並大学に合格したのであった。

そして、入学して早々に、内向的なオバケ君にも友人ができた。

きっかけは必須科目の英語クラスで、たまたま席順が前と後ろというだけのことだった。

席順があいうえお順に指定されており、授業開始の前、いつも出席が取られた。

『枝野智也、大葉圭太、片山レイナ』

当時、互いに話相手がいなかったので、性格も合い、急接近していった。

ある日、とりわけ不思議な事が起きた。

青春期の大半を引きこもり、人とほとんど接してこなかったオバケ君に、片山レイナが心をよせたのであった。

彼女はオバケ君とは対象的にとても明るく、誰とでも話せる性格の持ち主であった。

とかく男女の恋愛事情は理解しがたいものである。

どうやら、オバケ君の一種独特の落ち着きと世間知らずな子供のような幼さが、彼女を惹きつけたらしかった。

気が付けば、オバケ君と片山レイナは付き合うまでの仲になっていた。

一方、枝野智也はオバケ君とよく似た性格から、いかにも真面目で研究熱心な性格の持ち主であった。

だから彼は、そんな二人を心から祝福していたし、時として思うように研究成果が出ず、オバケ君が落ち込んだ時でも、常に彼を励まし続ける、唯一無二の親友だった。

三回生になった時、オバケ君には卒業論文を仕上げるための大切な資料があった。

独自の研究成果と様々な文献からまとめた持論が、専攻する学科の教授より高い評価を受けていた。

彼はそれを卒業論文にまとめることを決めていて、就職活動の際、かねてよりあこがれていた、最近急成長を遂げている企業ロボドリームに入社することを夢見ていた。

三回生も終わりに近づいた、年の暮れが押し迫まるクリスマスイブ。

三人は研究室で話し合っていた。

オバケ君はレイナと今夜を過ごすことになっていたので、智也は早々に話を切り上げ、帰り支度を始めた。

その日、オバケ君もそわそわしていたせいか、今までの研究レポートをまとめ上げ、日々蓄積してきたデータの入ったUSBメモリーを、ついうっかり抜き忘れてしまったのだった。

三人が揃って研究室を出た直後、レイナはマフラーを部屋の中に忘れてきたのに気付き、再び部屋に引き返した。

その時、レイナはパソコンに突き刺さったままのUSBメモリーに気が付いた。

もちろん、それが誰の物かもわかっていた。

少し考えたレイナは、咄嗟にUSBメモリーを抜き取り、コートのポケットに入れ、複雑な笑みを浮かべながら、『おまたせ』と言って部屋から出てきた。

オバケ君が部屋のカギを閉めると、三人は無言で歩き出した。

レイナの手には、コートのポケットの中でUSBメモリーがしっかりと握られていた。

翌日、クリスマスの日。

レイナは智也と彼女の住むマンション近くの喫茶店で会っていた。

レイナと智也はできていた。

まだ付き合って日が浅かったので、オバケ君には気付かれていなかった。

気付けば智也は、オバケ君に嫉妬する様になっていた。

その訳は、オバケ君がまわりの教授たちから非常に信頼され、慕われていた事を感じない日はなかったし、それよりも増してレイナのことが、いつしか好きになっていたのである。

だが、どうすることも出来ない自分に苛立ちを感じていた。

レイナもまた、研究熱心なオバケ君が、自分の事よりも研究の事に夢中になって、どんどん自分から離れていくような気がしていた。

レイナはオバケ君のUSB渡すために、智也を呼んだのだった。

その日、オバケ君は自分の大切なUSBメモリーがないことに気付き、大学の研究室へ探しにやって来た。

研究室の中を隈なく探したが見当たらないので、レイナにも聞いてみたがわからなかった。

すっかり気落ちしたオバケ君は、この事件をきっかけに唯一、親友だった智也との仲も急激に悪くなり、同時にレイナとの関係も冷めていった。

やがて四回生の春を迎え、いよいよ就職活動が本格的にスタートしたが、結局オバケ君が目標に掲げていた企業ロボドリームの採用から漏れてしまったのである。

その代わりといっては何だが、皮肉にも智也が採用内定に決まった事を知った。

あの時、オバケ君は智也にUSBの事を問い詰めてみたが、彼は何も言わなかった。

それどころか智也は、『オレが、盗んだとでもいうのか。おまえがしっかり管理してないからじゃないのか?』と、今までにない激しい口調で言った。

世間は思いのほか薄情なもので、あれだけオバケ君のことを評価していた教授たちも、智也がロボドリームに内定が決まった途端、手のひらを返したように、オバケ君から離れて行った。

あの時、オバケ君は智也がさりげなく教授や周りの学生たちの前で、自分の研究ネタを言いふらしている所を耳にして確信した。

『やっぱりオレのUSBを盗みやがった。オレの研究成果を自分のものにしやがった』

オバケ君は、我慢の限界に達したので、自分のことを一番信頼してくれていた教授に、すべてを打ち明けた。

ところが、教授の口から予想もしない言葉が返ってきた。

『君の研究はすばらしく、十分に評価をしてきたつもりだよ。でもね、大葉君。君が手掛けてきた研究というのは、君だけのものではないんじゃないのかな?』

それを聞いたオバケ君は、顔中の穴から火が吹き出そうになった。

今や夢に破れ、親友や恋人、自分を高く評価くれていたはずの教授たち全員からも、裏切られたという感情がオバケ君の頭の中を支配した。

『オレの気持ちをわかってくる人間なんて、もうこの世に居やしない!』

その後、悩み続けたオバケ君はとうとう親にも打ち明ける事もできず、何もかもが嫌になり、本音で相談できる相手もいない現実と自分を裏切った人間に対する恨みだけを残し、夏休みのある日、七階にある自分の研究室から飛び降り、自らの命を絶ったのである。

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