第47話 運命の人~先生ver.~

今回の冬は体は寒かったけど、ココロは温かい冬だった――




奈々に会いたい・・・




色んな人に奈々について尋ねても誰も奈々の居場所は知らなかった




本当に誰も知り合いがいない場所で




一人で奈々が念願の教師に向けて頑張っているかと思うと




俺も仕事を頑張らなきゃって思えた




案外そばにいるかもしれないし、遠くにいるかわからないけど




自分を励ましているのは“奈々”の存在だった




「あれ…?」




今日は母親の月命日




いつもは月命日はお墓参りに行けなかったが、今日は休みをもらえたからお墓参りにきた




「健君?」




「先生…どうして…」




「今日は君のお母さんの月命日だから…お墓参りにね。」




「そうだったんですか…ありがとうございます。」




「最近どうだい?」










「…元気にやっています。色々あったけど…」




「…本当色々とあったようだね。」




先生は以前ははめていた薬指の指輪がなくなっているのを見ながら、それ以上は深く聞いてこなかった。




「百合の花…」




すでに母親が好きだった百合の花が飾られていた




「先生が持ってきてくださったんですか?」




「いや…これは私じゃないよ。」




「じゃあ誰が…」










「…もしかして…」




「そうだよ。君のお父さんだ。」




「いや…まさか…」




家にだってロクに帰ってこなかった父親が月命日にお墓参りにくるなんて…




「君のお父さんとさっきすれ違ったんだ。だから君のお父さんだよ。」




「…」




先生が言ってもどこか信じられない…どうして今頃になってこんなことをする?




「君のお父さんはお父さんなりにお母さんを愛していたんだろうね…失ってからきっと気づいたんだよ。私もそうだ…」





「え…?」




「実は俺たち三人は大学時代の友達で…君のお母さんがお父さんと結婚してから自分の気持ちに気づいたよ。」




「先生…」




「私はそれからも君のお母さんには気持ちは伝えずに友達としていつも相談に乗ってた。だけど彼女が亡くなって…後悔したよ。大学のとき伝えればよかったって。今じゃ伝えたって言葉も、顔も見れないんだ。」




“ピリリリッ…”




「あ、すいません…はい。」




「あ、綾部!?久しぶり~元気してるか!?」




「川端…?」





「今ちょっと時間いい?」




「あ…」




今先生と大事な話をしていたし…この言い方は長くなりそうだ。




「悪い今ちょっと…あとでかけ直す。」




川端がああいう言い方をするときは大体付き合っている彼女の相談だ




通話を切ろうとした瞬間、思いがけない名前が電話の向こうから聞こえた――




「早瀬の――」




「え!?」




先生や母親に悪かったけど




久しぶりに人から聞いた奈々の名前に反応せずにはいられなかった




「俺会ったんだ、九州の高校で!」




「……え?」




「たまたまだったんだけど、練習試合で訪れた高校に早瀬がいて、高校の教師していたよ~お前と同じ白衣にメガネ姿でさ…高校のときとは別人だったよ~お前早瀬のこと思ってたから教えておこうと思ってさ。」




「奈々は今どこの高校に!?」




「え…奈々ってお前…奥さんは?」




「別れたんだ…実は奈々とは職場も同じで奥さんと友達だったから再会したんだ。」




「え…え~!!!」




そりゃびっくりするだろう




携帯をあてていた耳が痛くなるぐらい川端は驚いていた




「俺そんなの知らなくて、早瀬に高校のときのこと謝ってしまったよ~」




「高校のとき?」




「ほら、職員室でさ、お前たち両思いだったのに『生徒に手を出すなんて犯罪』なんて言ったから…あぁ、やっぱりあの時あんなこと言わなければお前たちうまくいっていたのに!!」




「川端…それは川端が悪いんじゃない。それにあの頃の俺たちじゃうまくいかなかったと思う。」




「綾部…早瀬と同じこと言うんだな。」




奈々も同じことを思っていたのか…




そうだ、きっと今の俺たちならうまくいく気がする――




「先生、すいません、俺…」




川端から奈々がいる高校を教えてもらって、今度のみにいこうという約束をして電話をきった。




いい報告だけを待っていると言われながら――




「私も君の幸せを願っているよ。」




奈々を先生にみてもらった日




母親が俺の幸せを願っていたと教えてくれた




やっぱり先生には小さいころからお世話になっているから




母親にどこか似ている俺をずっと見てきたから




俺の本当の気持ちが何も言わなくてもわかったいたのだろう




あの日みたいに何もかも悟った笑顔で言ってくれた。




「…ありがとうございます!」




たまたま二日連休でよかった




会社にも迷惑をかけずに奈々にやっと会いにいける――










どんなに離れていても教師をやっていれば繋がっていられる気がする









奈々のいうとおりだよ




奈々が教師をしてくれていたから――




こうやってまた会えることができる




俺たちの関係は確かに磁石のように




何度もくっついては離れての繰り返しだった




だけど今度こそは




この関係を終わりにする小さな“証”をもって




奈々を堂々と迎えに行くんだ




「早瀬先生は今の時間だとこちらにいると思います。」




職員室にいって教頭先生が案内してくれたこの場所――




「実験室…」




「早瀬先生、今化学部の顧問しているんですよ。ただ生徒はあまり来ないみたいですけどね。きっとこの部屋の奥の準備室にいると思います。いや~恩師の方が尋ねてくるなんて早瀬先生うれしいでしょうね。」




「いえ、恩師だなんて…」




「化学部の顧問誰もやらなくて…でも早瀬先生が自分から一年目だけどやりたいって言ってきた意味がわかりましたよ。じゃあ、私はこれで…」




教頭先生に深く一礼してから、あまり生徒は来ないとはいわれたもののそっとドアを開けてみた。




「懐かしい…」




長方形のテーブルに背もたれのない木の椅子




木の椅子には生徒が彫った文字が色々刻まれている




古臭いといえば古臭い




だけど大人になった俺にとっては懐かしい




色あせたカーテンも教師をしていたあの頃を思い出させてくれる




奥の白いドア




ここに奈々がいる




あんなに会いたいと願っていた人がこの扉の向こうにいるかと思うと急に不安になった




どんな顔して会えばいいんだ?




もう遅いとか言われるのだろうか…








色々と考えたら怖くなって足が立ち止まってしまった




あんなに会いたいと今まで突っ走ってきたくせに――








“パリン…”








何かが割れる音が準備室から聞こえる




やっぱり中には奈々がいるのだろうか?




「しまった…」




微かに奈々の声が扉の向こうから聞こえた




奈々がきっと何かを割ってしまったのだろう・・・










「奈――」








確かこのシーン・・・




俺はあのときビーカーを割ったんだ




立場は前とは違うけど同じシーン




再会するこの日に同じシーンだなんて




こんな日を運命といわずにいつ運命といえるのだろう?








扉を開けるならきっと“今”だ












“今”を逃したらいけない、そう思えたら迷っていた手がドアをノックしていた。








“コンコン…”




「はい…」




奈々の不安そうな声が聞こえてくる。




たしかに俺もあの時は生徒に備品を割ったところなんてみられたらなんて思ってちょっとビクビクしていた。




“ガチャ…”




扉を開けると白衣を着て、落としたビーカーの破片を座って拾っている奈々が目に入ってきた







「先生、ビーカー割ったんですか?」








あの日も俺はビーカーを落としたんだ




まさか本当に同じビーカーを落とすなんて…





何で俺はさっきまで奈々がいまだに俺を思ってくれているのかなんて不安に思ったんだろう








奈々は俺があげた赤いメガネをかけて




そのメガネの向こうにある目はどんどん涙が滲んできて――




唇をキュッと結びながら目の前にいる俺から目を離さずに涙を流しながらも真っ直ぐみている




言葉じゃなくて奈々の表情をみればよくわかる








今でもこんな俺を想ってくれていること







この日をずっと一人で待っていてくれたんだ




過去を振り返らず、二人のいつかくる未来の運命の日を――















「先生ッ…」












奈々の瞳から涙がひとつ零れるたびに今までのことを思い出す




奈々の真っ直ぐなところに惹かれた日




準備室で交わしたもどかしいキス




妻の友達とわかりつつも気持ちが止められなかった日々




奈々が書いたメモの“運命”を待っていたこと




涙を流しながらも優しい笑顔をしている目の前にいる奈々のことが











ずっと…ずっと、ずっと大好きだった――





やっとこうやって堂々と奈々に両手を広げて迎えにこれた







“パリン…パリン…パリンッ…”




あの頃は俺たちはビーカーの破片を踏んでまで




相手のところに飛び込む勇気はなかった――








たくさんの人を傷つけた




だけどやっぱり奈々のことがずっと、ずっと忘れられなかった




今腕の中にいる奈々を




傷つけた人の分、応援してくれた人の分




大事にしていきたい












禁断の恋に終わりを告げて




永遠の愛を君に――






【完】


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