第46話 クリスマスプレゼント~先生ver.~

奈々に最後に会ってから春が来て夏が来て秋が来て――




また冬がきた




今日は奈々の24歳の誕生日




カップルで街が賑わうクリスマスの日――




「寒いな…」




今にも雪が降りそうでホワイトクリスマスを期待しているカップルで目の前はあふれ返っている。




“カチ…カチッ…”




時計台の下にいるから秒針の音に耳を澄まして目を閉じてゆっくりと目を開ける。




『先生!』




会えなくても声を聞けなくても目を閉じればいつも奈々に会える自分がいた。




「奈々…」




満開に咲いている綺麗な桜を見ると




色鮮やかな花火を見ると




季節を感じさせてくれる美しい紅葉を見ると




人肌が恋しくなる冷たい風が吹くと




今でも無性に奈々に会いたくなる




時が傷を癒すーーそんな日は俺にくるのだろうか?




「健さん!」




小走りで走ってくるのは奈々ではなく安奈――




「お待たせしました。」




「いや、全然…」




「今日は…ありがとうございます。」




俺に奈々のためにしてあげれることといえば




目の前の仕事をこなすことと安奈のことを気にかけることぐらいだった




安奈とはあれから別々に暮らしてたまに連絡するぐらいで




どちらからもこれから先の未来のことは話さなかった




安奈を刺激したくもなかったし、このぐらいの距離が安奈を見守ることもできた




ただ今日はクリスマスだからデートがしたいと言ってきたのには驚いた




もうすぐ一年――




もうそろそろこれから先のことを少しづつ話してもいいかもしれないと二つ返事をした。




「今日は…寒いですね。」




「うん…雪が降りそうだ。」




「元気…でしたか?」




「うん…安奈は?」




「今必死に勉強しています…だいぶ遅れてしまったから。がんばって卒業しないと…」




「………そのことだけどッ」




「健さん見て!雪!!」




信号待ちで待っている人たちもホワイトクリスマスにうっとりしていて、あちこちから雪に興奮している声が聞こえる。




手を上に伸ばして雪をつかもうとするけど掴めない




だけど手の平には雪の冷たさが残り、じんわりと体に伝わる。




奈々はまるで雪のようだ




つかもうとしても掴めない




形は残っていないのに俺の体にじんわりと感覚だけを残していく――」












会いたい、本当は……すごく会いたい――










「………奈々…?」




「え…?」




まさか自分と同じように隣の歩道で雪をつかもうとしている人が奈々だなんて・・・




最初は幻かと思ったけど…たくさんの人がいたはずなのに奈々だけがハッキリと俺の目には見える。




「なッ…」




隣に安奈がいるのを忘れて足が一歩動きそうになった瞬間、奈々の隣に林先生がいるのが見えた。




林先生が奈々の目を手で隠して俺を睨みつけている。




そうか、彼はやっぱり奈々のことを――




「健さん…?奈々いるの?」




安奈の一言で我に返った、隣には安奈がいたんだった――




幸い背が小さい安奈には奈々の姿が人ごみで見えないようだ。




「気のせいみたいだ。」




一瞬だったけど奈々に会えた。




奈々に会えたけど…俺も一歩がまだ踏み出せない。




奈々も踏み出せない。




こんなに近くにいるのに――




クリスマスプレゼントとして神様が俺の願いを叶えてくれたのだろうか?




だけど一瞬だなんて……




今までしたことの罰なのだろうか?




「健さん、ここなんだ、予約したお店。寒いから早く入ろう?」




「…うん。」




目の前にはトリュフとかフォアグラとか色々と高級食材の名前を出しながら料理の説明をされていったけど、どれも同じ味で何を食べているのかもわからない。




安奈にもシェフにも悪いけど、今は奈々のことで頭がいっぱいだ




「健さん…あの、健さん?」




「あ…ごめん。」




「クリスマスプレゼントがあるの。」




「え…?」




「これ…開けてみて。」




差し出されたのは小さな箱と長方形の箱だ。




長方形のほうのラッピングをほどいて驚いたのは言うまでもなかった・・・




「奈々…」




化学部で撮った卒業式の写真




奈々と、薬指と薬指を絡めているのが生徒の隙間からわかる――




「…やっぱりまだ好きなんだね。奈々のこと。」




今までの安奈だったら奈々の名前を出せば一瞬で表情が強張っていたけど、今日は寂しさはあるけど穏やかな表情をしていた。




「父が…危篤状態になったとき健さんの喪服を探していたら見つけたの。そのとき奈々の携帯番号が書かれた紙も見つけて…」




だから安奈はこの写真や携帯番号が書かれたメモをみて俺の相手は奈々だと確信していたのか




「この写真立ては…」




「私から奈々にクリスマスプレゼント…奈々が持っている写真は汚れてしまったと思うから。」




もうひとつの小さな箱を開けると中には安奈がしていた結婚指輪が入っている。




「卒業後結婚する話はなかったことにしましょう。これが私から健さんへのクリスマスプレゼント。」




「安奈…」




「健さん…優しくしてくれてありがとう。でも私、もう大丈夫。奈々に何かしようとかそういうのは思っていないし、奈々には…悪いことしたって思ってる。」




「いや、それは俺のほうが…安奈、本当にごめん。言葉では謝りきれないって思ってる。」




「うん…だからここ一年ずっと私のそばにいて支えてくれたことに感謝しているの。お父さんも感謝しているって言ってた。援助はそのままにしておくって…」




「お義父さんが…?」




「お義父さんが危篤状態だったとき、健さんが必死に謝っていたの聞こえていたんだって…」




『安奈…お前健君とはどうなんだ?』




『え?……どうって…普通だよ。』




『結婚してからお前たち変わったな。』




『…そんなことないよ。』




『お前も健君も元気がなくなった。本当は…健君好きな人がいるんじゃないか?』




『え!?』




『お前の今の返事…そうなんだな。危篤状態だったころ健君に耳元で謝られたんだ。』




『……』




『安奈…お前は今幸せなのか?』




『幸せ……だと思ってた。毎日そばにいれなくても、連絡とれるだけで幸せだと…だけど本当は健さんに毎日会いたい。こんなにも辛い思いをしても奈々と健さんはまだお互いを思いあってるッ…』




『好きな人の幸せを願うって簡単じゃないんだよ……辛くて苦しい、だけどその人がいるだけで幸せだと思う。それが恋なんだよ。』




『お父さん…』




「……健さんに言ってなかったけど私も実は北海道にあなたを追いかけていったの。それで奈々に、妊娠しているって嘘をついたの。」




「妊娠…?」




「妊娠しているはずがないよね、私たち…だけど奈々は喜んでくれた。絶対つらかったはずなのにおめでとうって言って、私の体を大事にしてくれたの。」




安奈があの日のことを思い出して涙がこぼれ始めてくる。




「奈々があなたの前からいなくなって…本当は少し期待していたの。私のこと少しは好きになってくれるかもって…だけど、逆にあなたと奈々の強い絆を見せつけられた。」




「え?」




「本当は…奈々さっきいたんでしょう?」




「あ…」













「あんなにたくさんの人がいたのに…一瞬で見つけてしまう。きっとそれは運命の人――」












安奈が席を立ち俺の腕を引っ張って椅子から立ち上がらせた。




「私も奈々と健さんみたいな恋がしたい。」




俺の左手の薬指から指輪を抜き取ってテーブルの上に静かに置いた。




「これ、奈々の実家の住所。もしかしたら実家に帰っているかもしれないから。」




「安奈…本当にありがとう。そして傷つけて本当にごめん。」




「私も気持ちの切り替えに時間がかかってごめんなさい…でも心から今は応援したいって思う。だから奈々をちゃんと捕まえてあげて。」




安奈に背中を押されて急いでさっきであった交差点に行ったけどいなくて…




近くの居酒屋とかを見て回っても奈々はいない。




「綾部先生…?」




「え…?」




振り向けば林先生が立っていた。




てことは奈々も近くにいるのか…?




「あの…早瀬先生は?」




「……」




問いかけても林先生は何も発さずに言葉の代わりに白い息だけが出ている。




やっぱりさっき怒っていた表情がすべてを語っているのだろう




「じゃあ…」




「今頃…現われて奈々ちゃんに何の用だよ!さっきまで奥さんといただろう!!」




立ち去ろうとする俺の左腕を力強くつかんで奈々を探そうと踏み出した足を止められた。




「あ…」




林先生は左手の薬指に指輪がないことに気づく。




「俺たち正式に別れたんだ、さっき…」




「何だよ…そういうことかよッ……それじゃ勝ち目ないじゃん。」




「え…?」




「俺さっき奈々ちゃんに…告白するつもりだったんです。綾部先生ともだいぶ会っていないみたいだったし、どうしても自分の気持ちを伝えてみたくて…でもダメでした。」




「林先生…」




「奈々ちゃん言ってました。先生のことは他の人と結婚してもおばあちゃんになっても忘れないと…」




「どうして…?」




「色んなものを捧げた人だからって…それ聞いたらどれだけ綾部先生を好きなんだよって思いました。今までの綾部先生なら嫌だったんですけど、今の綾部先生なら…追いかけてあげてください!」




「林先生…」




「奈々ちゃん実家に顔を出したらすぐ住んでいるところに戻るって言っていました。早く行って下さい!次…奈々ちゃん泣かしたら無理やりでも奪いますから!!」




林先生らしい送り出し方で、また俺の背中を押してくれる人がいる




奈々と俺たちの恋愛は




こんなにも色んな人に背中を押してもらえて幸せだと思う




たくさんの人を傷つけてきたはずなのに…




人の温かみをいっぱい感じれる













たくさんの人に見守られたこの恋を大事にしたい












“ピンポーン”




「はい。」




「あのッ……夜分に大変申し訳ございません。奈々さんの知り合いのもので綾部と申します…奈々さんいらっしゃいますか?」




「ごめんなさい…あの子もう帰ってしまっていないんです……」




「じゃあどこに今住んでいますか?」




「ごめんなさい。あの子の居場所は親の私たちも知らないのよ。」




「そうですか…」




やっぱり遅かったか……




親も行き先を知らないとなるとまた白紙か――




「あの…奈々さんは元気にしていましたか?」




「えぇ、元気にしていますよ。ご心配おかけしてすいませんね。あの子誰にも居場所言わないもんだから…」




それは俺のせいでもあるのに…親御さんにもこんなに心配かけて申し訳ない……




「綾部さんって……あ、ちょっとそこでお待ちください。」




母親はインターホンを切り、玄関のドアを開ける。




「あなた…綾部先生ですよね?」




「あ……そうです、昔奈々さんの高校で教師をしていました。」




「あなたが…綾部先生ありがとうございます。あなたのおかげであの子は自分が進む道を見つけられたと思います。」




「え…?」




「あの子ね、今塾で仕事しているんですって。それと春から夢が叶うって言っていました。」




「夢って確か…」




「高校の化学の先生です。あなたに憧れて先生になりたいってずっと言っていました……綾部先生!?」




「すいません………すいません…大人の男が泣くなんてッ…」




神様――




間違いだらけの俺にもクリスマスプレゼントをくれたんですね?




本当は会いたかったけど




でもその代わりに奈々の夢が叶うことが聞けて本当によかった・・・




雪が降るぐらい寒いのに心と目頭が一瞬で温かくなった




最高のクリスマスプレゼントだよ


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