第45話 運命ってありますか?~先生ver.~
「じゃあ…お世話になりました。」
奈々の退職手続きを追え、ダンボールに奈々の荷物を持ちながら、一応色々あったとはいえ、礼だけは言っておこう。
「あの……昨日……」
周りに誰もいないかを確認しながら声を潜めて塾長が話しかけてくる。
「本社に言ったりしたんですか?」
「いえ…大事にしたくないということだったんで…」
「よかった……かみさんにバレたらどうしようかって…」
俺も最低だけどコイツも本当最低だ。
「あなたは……生徒からは教え方は上手だということを聞いています。特に担当している社会はテストに出るところは詳しく説明してくれると…だから、先生としては素晴らしい先生だと思っています。」
「あ…ありがとうございます…」
「生徒に胸を晴れるような人間だって信じています。」
「……」
「じゃあ…」
この人も俺が知らない色んなことがあるんだろう
人としてこんなことはおかしいって何度も何度も頭の中をよぎるけど
自分も今から仕事をぶっちぎって辞め、親を捨て、内縁の妻を捨て、人としておかしいことをする
だからこそ強くは言えなかった――
「奈々、遅くなってごめん。」
結局帰ってきたのは二時過ぎでだいぶ予定より遅くなってしまった。
「奈々?」
返事もなければ姿も見えなかった。
お風呂やトイレもみてみた、奈々はいない。
「買い物か?」
テーブルの上に紙切れが一枚
買い物に行ってきます。すぐ帰ってきます。なんて言葉を想像して読むと――
ねぇ、先生。
私たちが運命なら、きっとまた会えるよね?
「どういう意味だ?…もしかしてッ…」
もともと部屋にはあまり物がなかった。
マンスリーだから家具が設置されているから気づかなかったのもある。
奈々の服やマグカップ、布団が部屋から無くなっている
「どうしてッ…」
“クシャッ…”
やっと…やっと一緒になれるって信じていたのに――
いや…よく考えてみれば何もかも捨てれば幸せになれると思ったのは俺だけだ
『もう離れたくないんだ。何かを犠牲にするしかない。誰かの幸せは誰かの犠牲でなりたっているんだ。』
『…』
あの時奈々は返事をしなかった
奈々は…誰かの犠牲のうえで自分が幸せになるのは嫌だったんだ。
「奈々……」
俺たちの関係はまるで磁石のようだ
くっついたり離れたり…
運命ならまた俺たち出会えるのか?
そう信じていいよな、奈々…
どのくらい時間が経ったんだろう――
暖房器具もないこの部屋は日が沈むと凍るように寒い
昨日まで幸せいっぱいで暖かかったこの部屋から離れるのは気が進まない
だけどこの部屋から出て俺も帰らないと――
「あ…昨日靴をお借りしたものです。タクシーを昨日下ろしてもらったところにお願いしたいのですが…」
「昨日って…あぁ!電話待っていたんだよ!すぐ行くから!女の人追いかけるんだろ!?」
「え…どうしてそれを…」
「いいから!5分で着くから!」
もしかして…いやもしかしなくても奈々もタクシーに乗ったのか?
今ならまだ奈々を追いかけることができるのか?
急いで部屋を出てタクシーが来ないかずっとそわそわしていると、クラクションを鳴らしたタクシーがいた。
「急げ!いいから!」
「ありがとうございます…あの、奈々はどこへ?」
「空港へ送って行ったよ…ただだいぶ前だからもう出発したかもしれない。」
「…そう…ですか…」
やっぱりどこか遠くへ行ったのか?
奈々が書いた紙をぎゅっと握りしめながらそれでもまだ間に合ってほしいと願うしかなかった。
「どこへ行くか知っていますか?」
「それが…」
『お客さんどこまでですか?』
『空港へお願いします。』
『どこかへ旅行ですか?北海道は寒いから暖かいところへ私も行きたいですよ~』
『…そうですね。一人旅…ですね。』
『一人旅…ですか?……あれ?あなたもしかして昨日の…』
『え?』
“キキィーーー”
『お客さん大丈夫ですか!?』
『大丈夫です…』
猫が飛びだして急ブレーキをかけると、何かが助手席の下から奈々が座っている席へ転がってきた。
『これ…』
『どうされました?』
『このペン…もしかして昨日メガネをかけた男性を乗せませんでしたか?』
『あなたやっぱり昨日の…奈々…さん?』
『はい、そうです…どうして名前を?』
『乗せましたよ。あなたの名前を呼んで、なれない雪の中に飛び込んでいった男性を…』
『先生ッ……』
『…こんなこと聞いてはいけないのはわかっているんだけど…それでも昨日の男のあの熱い思いやあなたの今の表情をみたら聞かないわけにはいかない。』
『……え?』
『どこに…行く予定で?』
『……先生って呼ばれる仕事ができる場所なら、どこへでも行きます。先生と呼ばれる仕事をしていればきっとまた巡り合えるって信じているから。』
「君を心から慕い愛しているんだなって思ったよ。」
「俺はそんな人間じゃ…慕われるような人間じゃないです…」
「誰だって自分に自信はない。だけどそんな自分を慕って尊敬してくれる人間がいるって素晴らしいことだよ。だって世の中にはたくさんの人がいるんだから。その中からたった一人、君というその一人を見つけてくれたんだ。運命の人を――」
「運命…?」
「運命なんてないっていう人もいるけど、俺は運命はあるって思うよ。だって君とタクシーに乗せたのも、靴を貸したのも、彼女がこのタクシーに乗ったのも…きっと君たちはまだ繋がっているんだって教えてくれているって思うよ。」
手のひらに握り締めた奈々が書いたメモに書かれた【運命】の文字を見る。
運命…二人が離れるのも奈々は運命だと思うのか
ならまた会える
その運命の日までに俺は何をすればいいんだろう
「着いたよ。」
「あの…靴も…あと色々とありがとうございました。」
「二人がこのタクシーに乗ってくれる日を俺は待っているからな!」
見ず知らずの人にこんな風に温かく見守りながらも背中を押してくれる
このタクシーの運転手さんには感謝の気持ちでいっぱいだ
「奈々…奈々……」
空港にはそれほど人はいない
だから探しやすいけどどこを見ても奈々の姿は見えない。
やっぱりもう行ってしまったのだろうか
先生と呼ばれる場所へ――
“ドンッ…”
後ろから人とぶつかりさっきタクシーの運転手から返してもらったペンがポ
ケットから落ちてしまった。
「申し訳ございません、お客様。」
グランドホステスの人が謝りながらも女性と一緒に走り去って行く。
自分のペンを拾うとした時――
最初は自分の目が疲れているのかと思った
目の前に同じペン2本
まるで俺たちの関係を表わしているようなクロスした状態で床に落ちている
さっきぶつかったグランドホステスの人と去った女性の後姿をみると確かに奈々だった。
「奈々!奈々!!」
だけど俺の声は届かなくて奈々は搭乗手続きをしてしまい中に入ってしまった。
「すいません!俺も彼女と同じところへ行きたいんです。」
「申し訳ございませんが、ただいま東京行きは満席となっておりまして…」
「東京…?でもこの飛行機じゃないと意味がないんです!!」
「お客様困ります!!次の便でお願いいたします。」
「でもッ………」
東京に行くってことは地元でもなく大学で過ごした場所でもなく本当に知らない土地へ行くのか?
東京じゃなくもしかして乗り換えてどこか違う場所へ…?
考え出したらキリがない
だけど少しでも手がかりがほしくて
俺も結局次の便で東京へいってみたけど、東京に着いたら人が多くて余計に奈々の姿を探すのは無理だった。
ただこんな人ごみの中でも何となく感じた
奈々はもう東京にはいないってこと――
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