第43話 つかの間の幸せ~先生ver.~

チャプン…”




二人とも冷え切った体を温めようと狭いユニットバスに足を折り曲げてギュウギュウに入る。




狭いけど、自分の腕の中に奈々がいる




もうこの腕の中から奈々を二度と放したくない――




「ねぇ、先生。」




「ん?」




「どうしてココにきたの?」




安奈のことを言ったらまた傷つくだろうか…




そう思ったけど正直に生徒から電話があったこと、安奈と父親がわざと奈々を北海道に送り込んだことを話した。




もう奈々には嘘もつきたくない。




痩せて尖ってしまった肩に後ろから自分の顔をそっと乗っけてみた




自分のために振り向いてほしくて…




“チャプン…”




奈々がゆっくりと上半身を捻りながら振り向いてくれた




振り向いてくれるだけかと思ったらどんどん顔を近づけてくる




いつも伊達メガネしているからか、それとも近くで見るからか




頬と唇が赤く艶やかな表情に胸が高鳴る――




“ポチャン…”




お風呂の蛇口から滴る音が浴室に響き渡る。












「会いたかった、先生…」








会いたくて、でも会えなくて――




このまま俺が今日会いにきていなかったら奈々はどうなっていたのだろう…?




俺に塾長とのことは告げずにまた一人で頑張っていたのだろうか




俺との思い出を胸に――





気がついたらもう止まらなくて




溢れ出すこの思いを奈々にぶつけたくて




『愛している』って体全体で伝えたくて――




一緒にいられなかった分奈々が愛しくて




色んな表情、声、体の動きを見たい




“ザバッ…”




奈々だけ浴槽の淵に座らせると奈々は開いていた足を急いで閉じた




「奈々…脚開いて。」




「え…だって、こんな近くでッ…」




優しくもしたいし、意地悪もしたい




奈々が感じている顔をみると嬉しいから・・・




あの男がどういう風に奈々に触ったかわからないけど




あの男が触ったところは全部きれいにしてあげたかった



「やだ、汚いから」




「奈々…綺麗だよ。」




自分の手や舌の動きで頬を赤らめながら目に涙をためている姿が




可愛くて愛しくて――




とにかく少しでも離れたくなくて待ちきれなくて風呂場でひとつになったのは記憶があるけど




それからどうやってベッドに移動したのか覚えていない




それから何度も何度も奈々の名前を呼んで




奈々が眠りについても目を閉じるのが怖くて寝顔を見続けた




「奈々…」




そのあとも何度も愛し合って結局朝を迎えてしまった。




「俺ちょっと奈々のいる塾に行ってくるよ。荷物まとめてくるよ。」




「え?でも私塾の仕事好きだよ?」




「他にもいっぱいあるから…ね?」




社会人として人として間違っていることはわかっている




だけどもう一刻も早くここを去らないとまた同じことの繰り返しになる。




「二人でココを出よう。そして誰も知らないところへ行こう。そこで仕事を探せばいい。」




「でも…」




「もう離れたくないんだ。何かを犠牲にするしかない。誰かの幸せは誰かの犠牲でなりたっているんだ。」




「…」




「行ってきます。」




「行ってらっしゃい。」




俺が帰ってきたあと、奈々と一緒にどこか遠くへいって、新しい部屋を借りてそこでこうやって「行ってきます。」「行ってらっしゃい。」を言い合う。




奈々といられたらそれでいい。




それでいいのに…またなぜか胸騒ぎがする




とにかく急いでまた奈々の顔を見ないと安心できない




塾長は俺の顔を見たくないのか事務的に奈々の退職手続きをし、荷物の整理も手伝ってくれた。




奈々は大事にしたくないからと塾長とのことは公にしないでほしいといわれ、まだ殴りたりないし、いいたい事もあったけど…我慢するしかなかった。

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