第42話 罠。~先生ver.~

「あれ…携帯が……」




安奈が見つかり安奈の病室で仮眠をとっていた




ポケットにあったはずの携帯電話がない…タクシーで落としたか?




それとも塾で落としたか?




「健さん…?」




「あ、安奈…おきてたのか?」




「うん……どうしたの?」




「ちょっと携帯が…」




「携帯…?」




「いや、いいんだ。どこかで落としたかもしれないし…それより気分は?」




「うん、だいぶいい…」




「あ…」




“ガラガラガラッ…”




安奈に声をかけようとした瞬間、父親が勢いよく杏奈の病室に入ってきた。




「杏奈さん!大丈夫かい!?」




「お義父さん…ごめんなさい……お義父さんの塾で…ごめんなさいッ…」




「安奈さん…安奈さんは悪くない。うちの息子が申し訳なかった。本当に申し訳ない!」




「お義父さん…」




「安奈さんが元気になって退院するまでは私が責任持って健を見ておくから、ゆっくり休んでください。」




「お義父さん…ありがとうございます。」




「お父さん、俺…!」




「健、お前はこっち来い。じゃあ安奈さん、明日も健をよこしますからゆっくり休んでください。」




「はい…健さんまた明日。」




安奈が優しく微笑みながら手を振っていた




「お父さん俺安奈とは離婚したいんだ。」




安奈の病室を出て父親と二人実家に向かう車の中で自分の気持ちを伝えてみた




考えてみれば父親と色恋の話なんてしたことがなくて、この年になって初めてした




「お金は…何とかするから。安奈にも何度も話し合いたい。すぐにわかってもらえなくても…」




「…何とかならなかったらどうする?未来ある生徒たちは?親御さんは?雇われている先生たちの生活は?」




「それは…」




雇われている先生…真っ先にも頭に浮かんだのはもちろん奈々だった




奈々だっていきなり仕事がなくなれば一から就職活動をすることになる




まだ就職の経験も浅い奈々の就職活動がうまくいくなんて思えない




「早瀬奈々はお前の元教え子なんだろう?このことが親御さんや生徒の間に広まったらどうなる?ここの経営者は教え子に手を出すってそういう噂があっという間に広まるんだぞ!わかっているのか!!」




父親がいうことはもっともだ




奈々が生徒の時は手は出していなくても人の噂はどう広まるかわからない




きっと悪い方に広まるんだーー




「とにかくお前はもうあの塾に行かなくていい。明日から本社出勤だ。新しい塾長はもうあそこで働いている。」




「そんな…」




「少しは頭を冷やせ。距離をおけばまた元どおりになるんだ。」











距離を置いて気持ちが薄れる程度の思いなら、とっくにもう薄れていたはずだーー











携帯電話がないから連絡がとれない




実家に泊まり会社との往復、そのあと安奈のお見舞いでずっと父親がそばにいて安奈の家にも塾にも行けない




どうしているだろうか…ふとそう思うことはあったけど俺たちなら気持ちは変わらないってどこか自信があった




だって今まで連絡もとらなかったけど思いだけはずっと変わらなかったのだから・・・




“プルルルルッ…”




だけど会社にかかってきたこの電話で




連絡をとらない間に奈々の身に起きていることを知ることになる――




「あ、あ、あの……」




電話の向こうから中学生ぐらいの女の子の震える声が聞こえる。




一人かと思ったら微かだが「話して。」「頑張って。」と他の女の子の声も聞こえる。




「…塾に通っている生徒ですか?」




たまにイタズラでかけている子もいたから、この子も最初はそうなのかと疑った。




「はい…北海道の塾に通っています。」




「北海道…」




遠いところから本社にかけてくるなんて…イタズラじゃないのだろうか?




「あ、あの…私が言ったって言わないでもらますか?」




何だ…?講師へのクレームか?




「うちの塾にいる早瀬先生が……塾長にセクハラされています!!」




「え…?はや…せ?」




「早瀬先生の前の先生もセクハラでやめちゃって…助けてあげれなかったから…だから今度こそは、早瀬先生は助けたいって私たち思って…」




「早瀬先生って下の名前は?」




「えっと…奈々…奈々先生です!」




奈々が北海道に…?何時の間に…?




「北海道に来たのは最近なんです…せっかく新しい先生きたのに辞めてほしくないのに……」




「…勇気をだして電話をしてくれてありがとう。このことはちゃんと対処するから。安心して。」




「本当ですか!?ありがとうございます。よろしくお願いします!」




電話を終えて急いで北海道の塾の講師の資料を探した。




今まで奈々の履歴書を探してもなかったはずだ…父親に携帯の番号が書いているから抜き取られてとばかり思っていた。




だけど本当は転勤していたなんて――




「この塾長…」




塾の報告書をみてもこの塾長は女性にはセクハラぎみとのことで要注意人物になっていて、講師は男性のみにして様子をみようと記載されていた。




それなのにあえて奈々を派遣させるなんて――




とにかく今すぐ奈々のところへ行かないと――




なんだか嫌な予感しかしない




「健!?どこに行くんだ!」




「…北海道。」




北海道としか言っていないのに父親の眉毛がピクリと動いて眉間にしわがよる。




「北海道に行って何をするんだ…」




「さっき本社に電話があったんです。塾長が講師にセクハラをしていると…」




「ハッ…子供じゃないんだからセクハラされたってかわせばいい。もし嫌なら塾を辞めればいい。ただそれだけだ。」




「辞めればいいって…本気で言っているんですか?」




「そうだ…俺は本気だ。安奈さんと話し合って決めたんだ。」




「どうしてそこまで…」




「それはこっちの台詞だ。どうしてそこまでお前たちは惹かれあう!?」




どうして…言葉で説明ができたらいいのに――




あえていうならこの気持ちは『言葉』で説明できない




『カラダ』で表現してしまう




どんなに会えなくても声が聞けなくても




日常が忙しくても




眠りにつくときに目を閉じれば




『ねぇ、先生。』




呼びかけてくれる愛しき人の声が聞こえる




そんな人に出会えただけで十分幸せな人生だってことを俺は知った――




「絶対戻ってくる…戻ってくるから。」




「健!健!!」




父親が呼ぶ声を無視して健は財布と携帯に奈々の履歴書を握り締めて走り去ってしまった




「…あ、安奈さん!?健が北海道に行ってしまう!」




父親は携帯で安奈に電話をかけ今の状況を話す




「え…健さんが!??もしかして奈々のところへ?」




「塾長からのセクハラを助けに行くって…」




「そんな…どうしてッ……引き離してもどうしてッ……」




北海道に向かう間、どうしてもっと早くこうしなかったんだろうとずっと自分に責めていた。




安奈も父親も塾も立場とかそういうの全部捨てて




奈々を選んでどこか遠くへ――




『…君のお母さんはいつも君の幸せを願っていたよ。』




医師から聞いた母親の本音




そうだ…自分の幸せは奈々がいればどこでだってやっていける




奈々だってきっと俺についてきてくれる




だけど奈々には…わかっていたんだよな




本当はこの選択が俺の幸せじゃないって…




色んなものを捨ててまで一緒になったって俺たちは幸せになれないってこと――




「ここか……」




やっと塾に着いたときはもう夜で北海道ということもあって辺りは真っ暗で、塾に誰もいないとなるとどこに行けばいいのかわからなかった




奈々の携帯に電話してもつながらない、履歴書には奈々の新しい家の住所までは書いていない…




「よかった肉まんあって~」




「塾のあとに食べるコンビニの肉まんって最高だよね。」




自転車を押している中学生ぐらいの女子生徒二人が後ろを通りかかり声をかけてみた。




「あの…ここの塾の子?」




「あ…はい。そうですけど…」




不審者を見るかのように俺から一歩ずつ後ろに女子生徒たちは下がっていく。




「急に声をかけてごめん。ここの塾の早瀬奈々先生の知り合いで会いたくて…」




「早瀬先生…?」




知っている人の名前を聞いて安心したのか後ずさりするのをやめて足を止めてくれた。




「どこに住んでいるか知ってる?」




「知らないです…あ、でも今日先生たちみんなあの居酒屋にいったよね?」




「うん、そうそう。いつもの居酒屋…だから今日授業終わったらすぐ塾終わったよね?」




「そこ…そこの居酒屋教えてもらってもいい?」




女子生徒に居酒屋の名前や道順を聞いて一生懸命それをメモしていると一人の女子生徒が俺が持っているペンをじっと見つめているのに気づいた。




「そのペン…」




「え…あ、これは教師をしていた高校のペンで…」




高校教師をした高校が創立記念ということでペンを全校生徒と教師に配っていたのを俺はまだ持っていた、奈々と出会った高校だから――




「もしかして…早瀬先生の好きな人ですか?」




「え…?」




「あ…本当だ。このペン早瀬先生も持っているもんね。」










「早瀬先生、いつも塾長に嫌がらせさせられていて…生徒たちでほかの先生にいっても何もしてくれなくて。だから早瀬先生に塾を辞めないんですか?って言ったんです。」














「高校の先生のことが好きで憧れていて…一緒になることはできないけど、どんなに離れていても教師をやっていれば繋がっていられる気がするからって。」






「先生としては失格だねって笑っていたけど、私、早瀬先生の恋応援したくなっちゃって……大丈夫ですか!?」




「……ごめん。大丈夫。」




俺に助けを求めることもできたのに




それをしないで一人で恐怖と戦い俺を思い続けたくれたことを聞かされたら――











目頭が熱くなった。









目頭が熱くなってこぼれそうな涙を奈々の生徒の前では見せられなくて下をうつむいて目をつぶって泣くなと自分に言い聞かせる




早く奈々に会ってたくさん、たくさん抱きしめたい――




「すいません、もう少し急げますか?」




タクシーに乗り込んで教えてもらった居酒屋へと急いだが金曜日な上に雪がすごくて周りの車もスピードを出せずにいた




「あと少しなんだけど進まないですね~ほら、あそこなんですけどね。」




そう言われて指差されたところを見ると雪でぼんやりとして見えないけど中年の男性が女性を抱えてタクシーに押し込む姿が目にうつった。




「…奈々?」




一瞬しか顔は見えなかったけどぐったりとしている奈々のように見えた




「あれは…」




タクシーに奈々のあとに乗り込んだのはセクハラ塾長だ




間違いない、くるくるパーマに細い目つき、眉毛も薄く中年太りの――




「奈々!!!」




タクシーの中から大声をあげてみたけど、奈々と塾長が乗ったタクシーは発進してしまった。




「お客さん!?どうされたんです!?」




「すいません、あのタクシーを追ってください!お願いします!!」




「え!?あ、はい!」




見失わないようにとタクシーの運転手も奈々が乗ったタクシーを追いかけてくれるが、雪が吹雪になって追うのが難しくなってくる。




「あ~…」




とうとう信号が赤になってしまい後がつけなくなってしまった。




「ここで降ろしてください!」




「え!?大丈夫なの?」




「いいです。きっとこの雪なら走るのと一緒ですから。」




「だけどあんたここのもんじゃないんだろ?雪の怖さ知らんだろ?」




「そうですけど、今追いかけないと…もう後悔したくないんです!!」




「…」




タクシーの運転手が黙って助手席のシートの下から靴を取り出してきた。




「サイズ合うか知らんけど、スパイク入っていて雪道もこれなら急げるから。」




「え…いいんですか?」




「女を追いかけてきたんだろ?ホラッ、いいから。」




さっき咄嗟に奈々の名前を呼んでしまったことに今頃気づいた。




タクシー運転手から靴を受け取り履き替えてお金も渡している間もタクシー運転手は奈々が乗ったタクシーを視界が悪い中探してくれる。




「あ!!ほら、あっちの道路の向こうじゃないか!?」




「え!?あッ…!」




二階建てのアパートの前でタクシーがいるのみえ、奈々が雪の中に放り出されるのも見えた。




「酷いな…意識がないのか?」




「ありがとうございました!」




「急げ!!」




タクシーを降りたら運転手さんのいったとおり俺は雪国の雪を確かになめていたことを感じた。




風も強くて目も開けられない、足も一歩が進まない。





口も唇がくっつきそうになるけど――




言わなきゃ…伝えなきゃ…




「グッ……奈々…奈々!」




声を出してもぐったりとした奈々を部屋の中に連れて行く姿を見ることしかできない。




生き地獄ってこういうことなのか。




気持ちだけ焦って体が言うこときかない。




「クッ……」




運転手さんに靴を借りたから、体は冷えても足元は暖かくてすべらずに一歩ずつ歩くことができる。




“ドンドンドンドンドンッ…”




雪でなければ1分で走れるところを5分はかかったと思う。




手は冷たく感覚がなくなっているけどドアは一生懸命たたくことができた




本当はこのドアだってぶち破りたいぐらいだ――




「くそッ――」




絶対気づいているはずなのに何の反応もない




“ドンドンドンドンドン…”




ありったけの力を込めても届かないのか…


















「奈々!!!」





何か音が聞こえないかとドアに耳をつけたら――




「せ…んせ…」




微かに奈々の声が聞こえた気がした




同時に男の声も聞こえてくる




「開けないと警察呼びますよ!」




警察という単語を出せばドアをあけると思った




“ガチャン…”




「奈々!!」




「先生…どうして?」




さっきまで氷点下の外で体は冷え切っていたはずなのに、奈々の姿を見てさらに自分の体が固まったのがわかる。




床はボタンが散り、胸は露わになり、スカートもパンストも破け、髪の毛もグチャグチャ、背中は雪で濡れていた。




どうして…こんなこと…俺のせいで――




「おい!!!」




“ドカッ…”




本当は一発ではすまない




だけど事の発端は俺だ――



「奈々…」




少し会わないうちに頬が少しこけている




抱きしめれば腕の周り具合が違うのがわかるぐらい痩せている




「ごめん…ごめん、奈々。ごめん…遅くなって……ッ…」




『ごめん』って何回言ったのだろう




ごめん以外の言葉が出てこなくてごめんしか言えなかった




この後また会えなくなるなら




『愛している』って言えばよかったのかな・・・

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