第33話 好きな人~先生ver.~

安奈と連絡先を交換してから一ヶ月




安奈からほぼ毎日のようにメールが届いた




内容はほとんどが父親の介護のことや自分の将来の不安について




教師をしていたというのもあって




生徒に指導していた時のように相談にのったりアドバイスをしていた




ただ本当にそれだけで安奈から恋愛感情のあるようなメールはもらったことがなかった




「はぁ…」




会社はというとやっぱり持ち耐えそうになくて




生徒には悪いけど会社はもう今月いっぱいで・・・




特に受験生のことを思うと胸がいっぱいになった――




「…健さん?」




「あ…」




父親の病室へ重い足取りで向かっていると病室から出てきた安奈と遭遇した。




「お見舞いですか?今健さんのお父様はリハビリに行っていてここにはいないんです。」




「そっか…」




「あの!よかったら…外のベンチで少しお話しませんか?」




「え…?」




正直時間が少しでもほしいぐらいだった




やることが山ほどあるからだ




だけどこの頃は息がかなり詰まっていて精神的にもいっぱいいっぱいだったから




誰かと仕事の話以外をするのも少しはいいかと思った



「もうすぐクリスマスですね…」




ベンチで寒そうに手に息をはきながら話している安奈に自分がしていたマフラーを渡す。




「あ…すいません。ありがとうございます。」




ベンチに座ってマフラーを外すと確かに頬にあたる冷たい風で冬を感じる




奈々と再会したのは秋でもうあれから季節は変わってしまったのか




何事もなくこれからもこのまま過ぎてしまうのだろうか…




「あの…会社……どう…ですか?」




聞きづらそうに安奈が俯きながら聞いてきた




「うん…生徒に申し訳ないけどもう今月いっぱいで…」




人生の岐路に立つ大事な時期の生徒を手放すのは




俺も親父も




そして塾の先生方だって嫌なはずだ




「あの!私…じゃダメですか?」




「え?」




「私の父に援助してもらってはどうですか?」




「いや、それは…」




まさかあの話を受け入れようとしているのか?




もう子供ではないからあの話がどういうことか自分でもわかるはず




お金と引き換えに自分を差し出すなんて…




「私…どうしても父に自分のウェディングドレスを見せてあげたいんです。」




その気持ちはわかるけど…




「私が院を卒業するまで…試してみませんか?お互い恋人に…夫婦になれるかどうか…」




「それとも私じゃ嫌ですか…?」




「嫌ってわけじゃないが…君こそ俺でいいのか?」




「はい…」




頬を赤く染めて、マフラーに顔を半分隠しながら話す安奈の姿をみると本気のようだ




「…」




お嬢様ということもあって上品で綺麗な女性と




婚約をして結婚式をあげて同棲をして…




安奈が院を卒業したら入籍して――




普通の男だったらすぐに返事をしているだろう・・・












「健さん……好きな人、いるんですか?」










「…ッ……」




またいつどこで再会するか、いや、このまま再会しないかもしれない奈々を思っていてもしょうがないのかもしれない――




言葉の代わりに白い息だけが口から出て消える




俺の思いもこんな風にすぐ消えてしまえればどんなに楽なんだろうか…




「……お付き合い…されているんですか?」




俺の態度から彼女は読み取ったようだ




好きな人がいるということを――




「いや…もう彼女に会えるかもわからない。」




「私が…健さんをそばで支えますから……」




腕を絡ませ安奈は健の肩に寄りかかってくる。




「どうしても私が院を卒業しても好きになれなかったら…その時はそういう道を歩めば……そしたら私も父に花嫁姿を見せられるし…」




絡んでいる安奈の腕がほんの少し震えていた




安奈だって相当な覚悟と勇気で今の言葉を言っている




安奈の言うとおり試してみたほうがいいのかもしれない




……そう思ってしまった自分に神様は――




また奈々に会わせてくれた













安奈の友達として・・・






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