第32話 安奈との出会い~先生ver.~
“ドンッ…”
「キャッ…」
「すいません!大丈夫ですか!?」
動揺のあまり病院内では走ってはいけないのはわかっていたが走ってしまい、女性とぶつかってしまった。
「本当にすいません。」
「大丈夫です。急いでいるんですよね?行ってください。ここはこういう場所だからわかっています。」
手を差し出して女性を立ち上がらせて深々と一礼してから父親の病室へと向かう。
この時にぶつかったのが奈々の友達の安奈だった
「父さん!」
「…なんだ、来たのか。」
個室には父親とさっき電話してきた秘書の男だけがいて
ベッドの上のテーブルにはタブレットやパソコン、資料などが散らばっている。
「電話したのか、息子に。」
「はい。」
「父さん…倒れたって聞いて…」
「たいしたことない…」
「社長…」
秘書に促されて面倒臭そうに父親は口を開く。
「脳梗塞の手前だ。だから心配はいらない。」
「そんな…それなら仕事なんかしないで寝ていたほうが…」
「健…」
俺と同じくメガネをかけている父がメガネを外して何か言いたげな目で見つめてきた。
「会社の経営がよくないんだ。」
「え…そんなに?」
父親が口にするってことはもう本当に倒産寸前だということだ。
「色々手を尽くしてみたが…現金が用意できない。」
「…社長、ちょっと休みましょう。今日はそんな体で考えてもいい考えは思いつかないですよ。」
秘書が強引に父親を休ませて俺達二人は病室の外に出た。
「…そんなに危ないんですか?」
「…そうですね。今受験生の子たちには申し訳ないんですけどね。今の時期に新しい塾に行くとなると環境が変わるわけで…ストレスになると思います。社長はそれを一番に心配していて。」
父親を知らない俺は
父親はこういうときは人の身より自分の身を優先させる男だと思っていたけど
本当は違った…
皮肉にもこんなときに知るなんて――
父親に対しての印象が父親が倒れたことによって変わって
俺は父親の仕事を手伝うようになった
経営なんてやったことがなかったから本当にがむしゃらに寝るのも惜しむぐらいの日々
寝ようと思って目を閉じれば
すれ違ったままの奈々とはこのまま会えないかもしれないという不安で目が覚めた
連絡先も知らない
住んでいるところも知らない
前みたいに偶然に奈々に会う確率はどの位なんだろうーー
「ハハハハハッ…」
父親の笑い声を初めて聞いた
大部屋に移った病室で誰かと話をしているのだろうか?
“ガラガラガラ…”
「健…今日も来てくれたのか。こちらお向かいのベッドの神田さんだ。年齢が近いのもあって話していたら意気投合してな。神田さんも経営者だ。」
「初めまして、神田です。」
「あ、初めまして…父がお世話になっています。」
「いや~息子さんがいらっしゃるんですね。羨ましい。跡継ぎがいるなんていいですね。」
「跡継ぎがいても…会社が続かなければ意味がないですよ…」
さっきまで明るかった父親の表情が一気に曇った。
「綾部さん…もしかして経営が…」
「すいません、こんな話…」
「……ここで出会ったのも何かの縁です。私が力になれるようなら…」
「いえいえそんな…ありがたいですけど…」
「…じゃあこうしましょう。私には娘がいるんですが、親として娘の晴れ姿を生きている間にみたいんです。特にこんな体になってからは余計にそういう思いが強くなって…」
車椅子の乗っている神田さんの足は上半身に比べるとだいぶやせ細っている。
「娘に会ってもらえないだろうか?」
資金を提供してくれるのはありがたい
だけど結婚はーー
もう会うことはないかもしれない奈々の顔が
時が経っても忘れることができないあのホテルでの出来事が
頭から離れられないーー
「ありがたい話なんですけど、やっぱり結婚は…」
「でもまだ娘に会っていないじゃないか。娘に会ってから返事をもらえないか?」
「…」
「それに娘は大学院に進むんだ。花嫁姿はみたいが、籍をいれるのは卒業まで待ってほしい。でないと色々と学生のうちは大変だと思うから。」
「いいじゃないか、健。会ってから返事をすれば。」
父親は藁もすがりたいのだろう
何が何でもこの話がうまくいってほしいと願っているのが言葉のトーンで伝わってくる。
「お父さん…」
後ろを振り向くと安奈が花束を抱えて立っていた。
「あの時の…あの時はすいませんでした。大丈夫でしたか?」
「あ…大丈夫です。」
「何だ二人はもうお互いのことを知っているのか?」
安奈の父親が嬉しそうに話しかけてくる。
「この間ぶつかってしまったんです。」
「ドラマにでもよくあるシーンじゃないか。ハハハハッ…」
「安奈…彼のことどうだい?」
「え…?どうって…?」
「お前の結婚相手にだよ。」
「えッ…」
安奈はいきなり結婚相手と予想外のことを言われて目をキョロキョロしながらかなり動揺している
「お父さん私大学院に行くからまだ…」
「うん、だから大学院を卒業するまでは籍は入れなくていい、だけど私もこんな体だからお前の花嫁姿がみたいんだよ…」
「お父さん…」
安奈が不安そうな顔をして俺を見てくる。
大学院に進むということは奈々と同じく大学四年生――
まだまだ若い彼女がこんな見ず知らずの男との結婚に同意するはずがない
そう俺は・・・思っていた
「…じゃあ一回だけデートだけでも…」
「え…?」
意外な答えに俺は間抜けな声をだす。
「そうか…そうか、そうだなまずはデートしてだな…安奈、ありがとう。健君もありがとう。」
車椅子に乗っている安奈の父親が安奈の手を握りながら、目にうっすらと溜まった涙が窓から入ってくる日差しで煌いていた。
安奈も父親の嬉しそうな表情を見て嬉しそうに微笑んでいる。
父親が大事だから
父親の願いを少しは聞いてあげようとしている安奈は
優しい女性なんだなというのが最初の印象だった。
「私もう帰るね。」
「じゃあ健、安奈さんを送ってあげなさい。さぁ…」
二人っきりになると申し訳なさそうな表情をしながら重そうな口を安奈が開いた。
「すいません…父を少しでも喜ばせたくて…」
「いや…」
「デートは嘘ですから…もし父やあなたのお父様に聞かれたら適当に答えますから。」
「……どうした?」
急に歩いていた足を止めて安奈は何か言いたげな表情をして立っている。
「あの…」
「連絡先…教えてもらってもいいですか?」
「え…?」
「私の周りでこうやって親を看病している子いないから…看病の話とか友達にしたことなくて…だから相談にたまに乗ってほしいんです。」
「あぁ…いいよ。」
どうして俺はこの時の安奈の嬉しそうな表情の中にある彼女の気持ちに気づけなかったんだろう
ただ本当に相談相手が見つかって嬉しいんだろうなとしか思わなかった
本当は俺に興味を抱いていたなんて
気づかなかった――
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