第13話 別れは突然
次の日塾に行くと林先生が話しかけてきた。
「体調はどう?」
「あ、うん、ありがとう。雑用してもらっちゃってごめんね。」
「今日塾長休みなんだって~だから俺代理頼まれちゃったから今日は手伝ってよ。」
「え!?あ、そうなんだ。うん、わかった。」
「なんか奥さんのお父さんが危篤状態なんだって。」
「え!?安奈の!?」
「あ、そっか、お友達って言ってたもんな。昨日からかなり危ないんだって。」
「昨日…」(もしかして携帯が鳴ったときじゃ…)
「だからとりあえず3日間休むってさ。」
「あ、私できる限り手伝うから。」
もしかしたら先生はまだ安奈や親たちに伝えてないかもしれない。
でも今は伝える時じゃない。
“ヴゥゥ…”
「あ、ごめん、ちょっと。」
まだ生徒が来ていなかったので外に出て電話に出た。
「もしもし…」
「奈々?聞いた?」
「林先生からさっき…安奈のお父さんはどうですか?」
「うん…まだ危険な状態だ。」
電話葉先生からだった。
「今は安奈にまだ言わないでください。お願いします。」
「…それでいいのか?」
「私にできるのはそれぐらいです。」
「わかった。また連絡する。」
以前は塾には先生はいなかった。
だけど先生が塾長としてくるようになって、一日が短く感じていたのに、今日はまた長く感じそうだった。
授業を終えて、林先生と塾長としての雑用を終えて、携帯をみたのは23時だった。
加奈子からラインで安奈のお父さんが持ちこたえたとの連絡がきていた。
よかった…本当にこの時は心からそう思った。
家に帰り着いて、久しぶりに疲れてベッドに倒れこんだ。
まだほんの少し、先生の匂いがした。
たった一日会えなかっただけで寂しくてたまらなくなった。
久しぶりに机の引き出しから卒業式の写真を取り出した。
「先生…」
机に写真とメガネを飾って、そのまま眠りについた。
“ピンポーン”
「…ん?」
“ピンポーン”
時計をみたら朝7時だった。
「先生?」
恐る恐る玄関に近づき返事をしてみた。
「はい…どちら様ですか?」
返事がなかった。
奈々のアパートの玄関はのぞき窓がなかった。
チェーンをつけたまま玄関をあけることにした。
“カチャ…”
「安奈…」
「朝早くごめんね…あがってもいい?」
「あ…うん。どうしたの急に?」
「うん…近くを通りかかったから。」
(近くって…こんな朝早くに?)
下手なうそをつく安奈に胸騒ぎがした。
「あ、どうぞ。」
「ありがとう。ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん。」
「あ、コーヒーでもいい?」
「うん、ありがとう。」
安奈はコートを脱いで部屋を見渡す。
「あ、お父さんのことだけど…」
「うん…持ちこたえてよかった思ってる。私お母さんいないし、家族はもうお父さんと健さんだけだから…」
“ズキン…”
家族という言葉にまた胸が痛んだ。
「はい、コーヒーお待たせッ…」
“カシャン…”
奈々はコーヒーを床に落としてしまった。
安奈が机に飾っていた写真を手に持っていたからだ。
「あ…」
「奈々…どうして嘘ついたの?これ、健さんと奈々だよね?二人は接点ないって言っていたよね!?」
「それは…」
奈々が鞄から小さなメモ帳と写真を取り出す。
“バン!”
鞄から取り出してテーブルに置かれたのは、奈々がホテルに行った日、先生のスーツの内ポケットにいれた携帯の連絡先と、先生に渡そうとして準備室に忘れてきた写真だった。
あの女性の先生は綾部先生と知り合いだといっていたから、渡してくれていたのだろう。
「もうお父さんが危ないって…喪服の準備をしたほうがいいかもしれないって…そう言われて健さんの服をクリーニングに出したら、ポケットから写真と内ポケットから奈々の連絡先が出てきた。」
あの頃、まさか先生の奥さんになろうとしている人に見つかるなんて思ってもいなかった。
「ごめん、安奈…ごめんなさい。」
奈々には謝ることしかできなかった。
「謝るってさ…それって今でも関係しているってこと?」
「…ごめんなさい!」
コーヒーがこぼれた床の上で土下座した。
もうそれしか言うことが思いつかなかった。
「私…こんな感じで結婚したけどさ…健さん優しくて、私のお父さんのことも大事にしてくれて…だから結婚したの。私、健さんのこと好きなのに…友達にちょっかい出されるなんて…わぁぁぁぁぁ!!!!!!」
安奈の泣き声を聞いて奈々も涙が止まらなかった。
友達が…こんなにも大声で取り乱しながら泣いている姿を目の前でみるのは全身ズタズタにされたようだった。
「…私絶対許さないから!」
安奈はコートとバッグを手荒く取って部屋を出て行った。
床にこぼれたコーヒーの上に奈々の連絡先が記載されたメモ帳と化学部の写真が落ちて、コーヒーが染みていった。
慌てて拾ったがメモ帳のほうはグチャグチャになってしまい、写真も先生と奈々が移っているところがふやけて染みていた。
「うッ……あぁ…ヒックッ」
一番辛いのは安奈だとわかっていても涙が止まらなかった。
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