第9話 23歳の誕生日
安奈の結婚式から二ヶ月が経った。
塾の仕事が忙しくて、結構あっという間に過ぎ去っていった。
「早瀬先生、今日午前で帰っていいですか?」
そう聞いてきたのは女子生徒だった。
「どうしたの?具合でも悪い?」
「えーだって今日クリスマスですよ~彼氏と遊ぶ約束しているんです。」
嘘をつかずに素直にいうところがまだ可愛い高校生だった。
「先生だって彼氏と約束していないんですか?一人なんて寂しいですよ~」
「先生は今彼氏より、あなたの成績のことで頭いっぱいです。帰りたいなら、このプリント早く終わらせよう!」
「はぁ~い。」
「あ、早瀬先生、ちょっといいですか?」
「飯塚先生、はい、大丈夫ですよ。」
飯塚先生は塾長だが、ご両親の介護のため実家に帰るので、今日から新しい塾長がくることになっていた。
「こちら、新しい塾長の先生になるので、これからよろしくね。」
「早瀬…」
「綾部先生…どうして?」
「あ、知り合いだった?」
「高校のときの先生です。」
「いやぁ、綾部先生はお父様がこの塾全体の経営をされていて、それのお手伝いもかねて、塾長をすることになったんだよ~知りあいならすぐ仲良くなれそうだね。」
「はぁ…」(いや、仲良くなれそうにありません…そっかお父さんの経営している会社って塾のことだったんだ。)
奈々が講師をしている塾は全国にたくさんある有名な塾だった。
高校のときの先生
大学のときの初体験の人
社会人の上司――
今でも忘れられない大好きな人
だけど友達の夫――
「早瀬先生、ちょっと!」
「あ…すいません。ちょっと…」
呼んできたのは林先生だった。
「今日の飲み会参加でよかった?」
「え!?飲み会!?」
「連絡遅くなってごめん!今日は新しい塾長の歓迎と飯塚塾長のお疲れ様飲み会&忘年会…」
「…なんか色々詰め込みすぎですね。私は今日はちょっと…」
「え~俺てっきり早瀬先生参加だと思っていたから参加にしちゃったよ~」
林先生と私は同期だった。
同い年だしすごく話しやすいし、生徒のことで悩んでいるときも話を聞いてアドバイスしてくれた。
一応塾の中では敬語で話すように心がけてはいるけどたまにボロがでる。
「今日クリスマスなのに皆参加するの?」
「うん…みんな、独身は寂しいクリスマスだから参加みたいだよ~飯塚塾長と綾部塾長は所帯持っているから一次会で帰るかもな~」
(家族…先生は初めての安奈とのクリスマスだから帰るかもな…)
「お前彼氏でもいるの?参加できないって…」
「林先生、セクハラです。それ。」
「冗談だよ~同期だから許して~」
「わかった…じゃあ参加するね。」
「今度埋め合わせするから!本当ごめん!じゃあ後で。」
「ふぅ…」
チラッと綾部先生のほうを見る。
(まさか社会人になっても先生のことを先生って呼ぶことになるなんて…しかも上司とか…どうやったら先生のことを忘れられるの…)
「早瀬先生、ココわかんない~」
「うん?あ、ここね。じゃあ教室でやってみようか。」
「はぁ~い。」
こうやって生徒に勉強を教えていると先生のこと考えなくて、考える余裕がなくてよかった。
「えっと、飯塚塾長、今までお疲れ様でした!近くにきたら遊びにきてください!え~綾部塾長、これからよろしくお願いいたします!あと、皆さん一年間お疲れ様でした!かんぱ~い!」
乾杯の音頭は元気な林先生がとった。
この塾には先生たちは塾長をいれて12人いた。
今日は綾部先生もいれて13人での会だった。
「綾部塾長って新婚なんですか?じゃあ今日奥さん怒っているんじゃないですか?だって初めてのクリスマスでしょ?」
元気な林先生が大声で話す。
「仕事だって話したから。」
「理解のある奥さんでいいッスね~」
「わ、私なら…」
お酒の勢いもあり、言葉がポロリと出てしまった。
「結婚して初めてのクリスマスは仕事より自分を選んで欲しいですね!」
そういって焼酎を一気に飲み干した。
「奈々ちゃん、飲みすぎなんじゃないの?」
林先生は普段は私のことをチャン付けで呼んでくる。
「仕事のことを理解できないと結婚できないぞ~」
遠くからほかの男性の先生の声がする。
「…確かに早瀬みたいに本当のことを言ってくれたほうがいいかもしれないな。」
「まぁ、男性は鈍いところがありますからね~」
飯塚塾長と綾部先生がフォローしてくれた。
“カラン…”
一気に飲み干したグラスの氷が音を立ててまわる。
(なんかものすごく空しい…早く帰りたい…)
「林先生…私もう帰るね。」
「え?もう帰るの?今からじゃん!」
「か、彼氏と!今日約束あるの!」
「え!?でもさっき彼氏いないって…
「できたの。だからもう帰るね。」
「あ、ちょっと…」
「飯塚塾長、今までお世話になりました。すいません、お先に失礼いたします。」
深く頭をさげてその場をさった。
酔っているせいかブーツがうまくはけない。
チャックがうまくあがらなかった。
「…もう、ヤダ。」
涙ぐみながら、今日のこと、今までのことを思い出していた。
“ジジジジジ…”
「え?」
先生が奈々の前に片足ついて膝まづき、ブーツのチャックをあげてくれていた。
(なんで…)
「ブーツのチャックあげれないぐらい飲んでいるのか?」
「大丈夫ですよ。」
「はい。」
「え?」
「もう片方の脚出して。」
「いいですよ、できますよ。」
「いいから…」
そういって奈々の左足を持ち上げてブーツに足をいれ、チャックをあげる。
“ピクッ…”
先生の指先が自分の体に触れられると反応してしまう。
あの日のことを思い出せってカラダが火照ってくる。
「タクシー拾うまで見届けるよ。」
「大丈夫ですよ。」(タクシー拾えなかったらそれまでの二人きりが耐えられない。)
お店の入り口を出ると目の前にタクシーがいた。
「あ、大丈夫です。ありがとうございました。」
タクシーのドアがあき、奈々はタクシーに乗り込んだ。
「早瀬…」
タクシーのドアと車体に両手をかけ、先生が覗き込んでくる。
「お誕生日おめでとう。」
「…え?どうして?」
「塾の先生方の履歴書に目を通させてもらったから…」
「あ…」
「彼氏とお祝いするんだろう。今日クリスマスでもあるし。」
「…」
「じゃあ、来年にまた…今日は素敵な日を過ごして。」
そう言ってタクシーのドアを閉めた。
「素敵な日って…フフっ」
素敵なクリスマス、素敵な誕生日…
そんなの先生と過ごしたいに決まっているよ
先生と過ごさないと意味がないよ
あのまま一緒にいたらせっかくの誕生日なのに
自分の醜い感情でどうかなっちゃいそうだったよ
ねぇ、先生。
次の誕生日は先生と過ごせるかな?
そう思うだけ…思うだけは今はまだ許してほしい
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