第6話 変わり果てた先生
あれから月日がたち、先生のことをできるだけ考えないようにしていた。
メガネと写真は鞄にはいれず、今は家の引き出しの中にしまっている。
私はもう大学4年生になっていた。
学校の先生になりたかったけど、自信がなかった。
たくさんの生徒を相手にする自信が…
塾講師で就職を探して、生徒と向き合う自信を持ってから学校の教師を目指してみようと思った。
でも不況のなか、なかなか就職が決まらず、今日やっと就職が決まった。
「奈々、こっちだよ!」
今日は奈々の就職が決まったお祝いを友達が開いてくれた。
加奈子、安奈、鈴は大学で知り合って、4年間色んな思い出を共有してきた。
「奈々、就職おめでとう!!」
「ありがとう!!あぁ~ビールがおいしい!」
「やだ~親父みたい!」
そういって加奈子は笑っていた。
「でもこれで全員就職決まったね!私が最後だったね~心配かけてごめんね。」
「加奈子と私は大学院、鈴は化粧品メーカーだもんね。就職組み2人、大学人が2人か~別々の道をいくんだね。なんか寂しいな。大学院いかずに就職して結婚したかったな~」
「安奈はまたそうやって結婚に逃げる~結婚はね、逃げ道じゃないの。」
しっかりものの鈴が安奈に説教をする。
4人でいることが居心地がよかった。
就職したら、また違う関係になるとはわかっていたが、それでもできるだけずっと長くこの関係が続けられたらと思っていた。
このときはまだ――
「はぁ~今日は嬉しさでだいぶ飲んじゃった~」
「本当、奈々は結構たくさん飲んだよね?大丈夫?」
「うん、大丈夫、ありがとう加奈子。加奈子はあっちのほうでしょ?私歩いて帰れるから。」
安奈もつぶれてしまい、鈴がすでに駅まで送っていた。
「でも…私今日奈々の家に泊まって一緒に帰ろうか?」
「大丈夫、同棲している彼氏に妬かれちゃうよ~」
「わかった、じゃあまた明日ね。」
「うん!今日はありがとうね!」
加奈子が歩き出すのを見送って奈々も反対方向へ歩き出した。
奈々は普段はあまりお酒を飲まないというのもあり、たくさん飲んだ今日は千鳥足だった。
「わぁッ…イッター…」
何かに躓いてこけてしまった。
「もう何なの~」
振り返ると男性が建物に寄りかかって座っていた。
「え?」(し、死んでないよね?)
「あ、あの~大丈夫ですか?すいません、ぶつかっちゃって…」
黒のスーツ姿にネクタイは曲がっていて、髪の毛も伸び放題で長い前髪で顔が見えない。
無精ひげが生えているのだけがわかる。
「えっと…とりあえずごめんなさい。じゃあ…」(怖いからとりあえずお巡りさんよぼう)
“パシッ…”
「…え?」
身体は正直だよね
あの日、準備室での出来事が一瞬でフラッシュバックした
ずっと忘れよう、忘れようと封印していたこの想いも
どうして、たった一瞬で思い出しちゃうんだろう…
「せ…先生?」
「綾部…先生?」
握られている手も、体も、声も、震えているのが自分でもわかる。
ずっと会いたいとは思っていたけど、まさかこんな形で再会するなんて思ってもいなかった。
あの頃の先生は身なりも綺麗にしていたのに、今では正反対だ。
準備室でも先生の手は温かかったのに、今握られている手はとても冷たい。
「早瀬…」
でも私の大好きな、低くて甘い声は変わってなかった。
奈々は先生と同じ目線に座る。
長く伸びた前髪から見える目はメガネをしていなかった。
「先生、今日はメガネしていないの?」
「…どこかで落としたかもな。」
高校にいたときの先生と違うのはすぐにわかった。
(先生、どうしたの?学校の先生辞めて何しているの?聞きたいこといっぱいあるよ。)
「ねぇ、先生…ッ」
体が潰れてしまうぐらいの強い力で抱きしめられた。
あまりに突然のことで言葉が出なかった。
(先生の肩、震えている…泣いているの?)
「早瀬、お前にはいつも格好悪いところばっかり見せているな…」
「先生…先生は私にとっては高校の、化学部の、あの頃の先生のままです。」
強く抱きしめていた腕の力が少しづつ緩んだ。
「引き止めてごめんな。早瀬、もう行って。」
「え!?先生はここにいるんですか?じゃあ、私ももう少しここにいます!」
「お前は俺に抱かれたいのか?」
「…え?」
「このまま一緒にいると抱きたくなるから、だから行けって言ってるんだ。」
「…私…」
「生徒を抱くなんて考えられない…」
「私もう生徒じゃないです。今年から社会人です。コーヒーもブラックで飲める大人な女性になったんです!」
「…フッ。もう高校生の頃みたいにお子様コーヒーじゃないんだな…」
そうやって微笑んだ先生をみると、自分が高校生の頃を思いだす。
大好きで大好きで大好きでたまらなかった先生。
「先生、抱いてください。」
「本気で言ってるのか?」
「…はい。私は本気です、先生。」
「…」
「先生、とにかくここを立ちましょう。体冷えましたよ。」
10月の夜は肌寒かった。
「寒いか?」
先生は立ち上がってスーツの上着を奈々に掛けた。
「汚れてるけどな。」
(やっぱり先生はカッコいい…)
急に立ち上がったことと、緊張が一気にとけて酔いがきた。
「ヴッ…」
「気持ち悪いのか?大丈夫か?」
「きもち…わるッ…」
ここから奈々の記憶はなくなった。
無くなったというよりうる覚え状態で、先生の大丈夫だぞ、吐いて楽になれって言われているような気がした。
“ジャーーー”
「ん…水?」
水が蛇口から流れる音で目が覚めた。
「気付いたか?大丈夫か?」
「せんせ…エッッ!?」
バスローブ姿の先生が目の前にいた。
起き上がると自分はベッドの上でみたこともない部屋だった。
でもどこかでみたことがあるような…
「ここは…」
「ラブホしか近くになくて。」
“ギシッ…”
先生が隣に座ってきて、飲み物を渡してくれる。
「あ、ありがとうございます。」
バスローブ姿の先生とラブホテルという場所に緊張して正座姿で先生から少し離れた。
「服洗ってて、それでついでにシャワーも浴びたんだ。」
「え!?もしかして私…吐きました?」
「うん。でも顔色よくなったな。」
そういって髪の毛と頬の間にスルッと細長い指をすべられてきた。
“ピクッ…”
好きな人に触れられると、ほんの少し触れられただけで気持ちがいい。
「早瀬…怖いなら、今すぐ俺の手を振り払って出て行って。タクシー呼ぶから。」
奈々は自分の頬に添えられている先生の手をギュッと握り締める。
「私、ずっと先生にこうやってまた触れてもらいたかった。」
“ギシ…”
夜中だからか、ラブホテルだからか、音は軋むベッドだけ。
準備室でしたような、触れるか触れないかのキスを奈々からした。
ただあの準備室の頃と違うのは、二度、三度、と数え切れないぐらいのキスを――
唇を重ねながら、二人の距離はどんどん近くなる。
口の中が熱くなってとろけるようだった。
先生の舌と自分の舌は繋がっているのではないかと思うぐらい綺麗に絡み合っていた。
「…奈々ッ」
「…もう一回呼んで。」
「奈々…」
先生の両手で優しく顔を包み込まれ、名前を呼ばれると、なぜだか涙が出てきた。
先生は一瞬困った顔をしたから、手を伸ばして先生を思いきり抱きしめた。
そのままベッドの上で座っていた私をゆっくりと仰向けに寝かせた。
先生がワンピースのボタンを一つづつ外していく。
今日に限って上から下までボタンがついている前開きのワンピースだった。
一つ一つ静かにボタンを外し、少しづつ裸にされるのが恥ずかしくてたまらなかった。
しかもボタンを一つ外すたびに、先生がそこから露わになった肌にキスをしてくる。
「先生、待って!」
お腹の辺りのボタンにさしかかったとき、声をかけた。
「…どうした?」
恥ずかしさで両手で顔を隠しながら話しかける。
「…恥ずかしくてッ…」
“ギシッ…”
先生が上に上がってくるのが音でわかった。
そっと奈々の手をほどいて顔を覗き込む。
「んッ…」
さっき交わしたキスのように甘いキスをまたしてきた。
緊張していた身体が少しづつまた力が緩んできた。
「じゃあさ…」
「え?」
「恥ずかしさがなくなるぐらい気持ちよくならないとね。」
「え…?」
そういってボタンが外されて露わになっている胸の谷間にキスしてきた。
少しづつ下着を唇でずらしながら――
「先生っ……」
いつの間にか残されたボタンを外され、太ももを持ち上げられ、ショーツも脱がれていた。
「痛ッ…」
「奈々、もしかして…」
「…初めてなんです。」
目をあわすことができず、ホテルの窓をみながら涙目で答えた。
中学や高校でバージンを捨てた子はたくさん周りにいた。
高校で初恋に落ちた私はずっと捨てれなかった。
先生とこういう風になることをずっと夢見ていた。
「お前は本当に可愛いな。」
そう言いながら、先生は頭を撫でてギュッと抱きしめてきた。
ねぇ、先生。
あれから数えられないぐらいのキスをしたね
先生はゆっくり優しくしてくれたけど
やっぱり痛くて
我慢している表情をしている私を心配してくれたね
だけどね
この痛みは一生に一度
先生に初めてを捧げた喜びの痛みなんだよ
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