魂国の王女に祝杯を ――デュナミス

10-Cー1 序 其処は魂国

【魂国の王女に祝杯を】――デュナミス


――秘したままの、過去がある。

 思い出したけれど誰にも言わない、過去が。

 デュナミスは目を閉じて、遠い故郷に想いを馳せる。

――そうだ、僕はあそこから来たんだ。

 目指すのは、河南地域と呼ばれる場所。魂国アーシュテルムのあるところ。


  ◇


 少しずつ戻ってきた記憶。権力のある人間によって酷い目に遭わされた記憶をきっかけに、彼は完全に思い出した。

 アルカイオンの家に拾われる前の自分が何者であったのか、そして本来ならば持っていた使命を。自分をいじめていた人間が、誰であったのかを。

 自分から会いに行かなくても、いつか、因縁の方が自分に向かってやってくる。ならばその前に、自分の意志で会いに行こう。そう思った彼は、アリアたちの今回の依頼を機に本当の故郷へ帰ることにしたのだった。

「じゃあ……また」

 アリアたちと同じタイミングで店を出る。アリアたちは西へ、デュナミスは南へ。

 南に行くと、大河であるアイルベリア川がある。そこを渡った先は河南地域と呼ばれ、一部の人たちから特別視されていた。

 そこから、デュナミスは来た。アンディルーヴの人々が特別視し、それゆえに滅ぼされた国、魂国アーシュテルムから。

 自分に言い聞かせるように、呟いた。

「僕は……あの国の第三王子」

 第一王子によって酷い目に遭わされて、アルカイオンの家の前に捨てられた。それがデュナミス。

「行くよ……」

 目の前に流れるはアイルベリアの大河。そこをデュナミスはふうわりと渡っていく。

 やがて向こう岸に着いた時、彼は空気の変化を感じ取った。

 死せる者たちの声がする。

《へんな ぼうれいが やってきた》

《どうして めいかいに いかないの》

「……僕には、僕をこの世に繋ぎとめてくれた人がいるんだよ」

 亡霊たちにそう返し、彼らを無視して進む。ヴェルゼがいなかったら、今の自分は存在しない。

 魂国アーシュテルム。そこは死者の魂たちのさまよう国。冥界に帰れない魂が無数に漂い、行き場を求めて嘆く国。

 この国の王族たちは、生まれながらに死者と対話する力を持つ。デュナミスが幼い頃から亡霊たちに好かれていたのは、自分がこの国の王族だからだ。アルカイオンの家の人たちから異端視されたのも頷ける。本来ならば、アーシュテルムの者は外界の者とは交われない。交わろうとしたら、その異端性によって排除されてしまう。

 それを知らないのもあったろうけれど。どこか異様な雰囲気を漂わせているデュナミスと親しく接してくれたヴェルゼたちは、特別な人間なのだろう。

 幼い頃に離れた国。久しぶりに訪れると、どこか懐かしい感じがする。

 とりあえず、記憶を頼りに王都を目指そうとした時だった。デュナミスは、己の霊体が何かによって強く引っ張られたのを感じた。デュナミスだって強い霊だ、簡単に操れるわけがないが……今回の力は強すぎた。抗おうとしたが抗えない。とても強い死霊術師の気配を感じた。

 引っ張られた先で見たのは、苛烈な輝きを宿した青緑の瞳。漆黒の三つ編みが風に揺れた。鮮やかな赤いジャケットが目の前で翻る。

「お前は誰だ? どこから来た?」

 見た目は男性のようなのに、その声にはどこか女性らしさがあった。


  ◇


 吸い込まれそうな青緑の瞳に漆黒の髪、そして強い力。

 見覚えがある、とデュナミスは直感する。彼がもっと幼い頃に、デュナミスは彼に会っていた。ああ、と思いだす。このひとは。

 穏やかな笑みを浮かべて、デュナミスは彼の名を呼んだ。

「やぁ……久しぶりだなぁクルックス。記憶にある君は、もっともっと小さかったよ」

「……何者だ、貴様」

 クルックスと呼ばれた少年の目に警戒が宿る。デュナミスを引っ張っていた力が、今度は締め付けるものへと変わる。

「謎の亡霊よ。返答次第では、お前をこの世から完全に消しても構わないが?」

 デュナミスでも、下手したら消されると危機感を覚えるほどの力。少し焦りを抱きつつ、デュナミスは答える。

「僕はカノープス。カノープス・アーシュタルテ」

 『デュナミス』になる前の、自分の名を名乗った。

「もっとも……今はデュナミス・アルカイオン、なんて名乗ってはいるけどねぇ」

「カノープス!?」

 クルックスの目に驚愕が宿る。

 確認するように、恐る恐る彼は問うた。

「お前が……カノープスだって? アルナイル兄上の姦計によって見知らぬ土地に捨てられたという、あのカノープス?」

「ああ……そうだよ。証拠なんてないけどさ、同じ王族なら分かるだろ、弟よ」

 デュナミスを縛る力が消えた。デュナミスは拘束から解き放たれた。

 弟の青緑の瞳と、デュナミスの灰色の瞳が交錯する。

 そうか、とクルックスは頷いた。

「……オレと同じ気配を感じるぞ。確かにな、オレたちアーシュテルムの王族は同族が分かる。お前は紛れもなく、オレの兄上のようだ。だが、何故死んでいる? 他にも聞きたいことが山ほどある。だが、ここで長話をするわけにもいかないし……ついてきてくれないか」

「ふふ、了解」

 とりあえず誤解は融けたようだ。

 それが嬉しくて、鼻歌を歌いながらクルックスについていった。


  ◇

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