信念《こころ》守《も》りの十字架 ――ソーティア

10-Bー1 序 わたしにだって

信念こころりの十字架】――ソーティア


 帰りたい場所がある。

 遠い昔に壊された、高い山の向こうの里。

 残して行かざるを得なかった、大切な姉妹がいた。

――姉様、ルーシア。

 ソーティアは、小さく祈る。

 どうか無事に、過ごしていますようにと。


  ◇


 アリアたちの出発を見送り、ソーティアもまた出発する。アリアたちは西へ、デュナミスは南へ行くらしい。そしてソーティアは北へ行く。目指す場所は皆違ったが、また会えるだろうという根拠のない自信があった。

 異端のイデュールの少女であるソーティアは、人間と共に暮らす道を選んだ。恩人であるサルフ、そしてアリアたち。優しい人間たちとの出会いが、「人間は邪悪な存在だ」とするイデュールの教えから、ソーティアを解き放ったのだ。今の彼女はよく知っている。邪悪な人間しかいないわけではないのだと。

 誰もいなくなった店を振り返る。居場所から離れるのは寂しいことではあったが、自分の因縁と決着をつけるためだ、仕方ない。

 一人旅は久し振りだなと思いつつも、雪の降る道を歩いた。

「フィドラさんの言っていたこと。本当かどうか、確かめねばなりません」

 もしも本当にカディアスの里が、大切な故郷が復興しているのならば。姉と妹に、会いたい。

 故郷がめちゃくちゃになったあの日。ソーティアは自分の身を守ることで精いっぱいになって、他の家族のことは考えられなかった。だから、知りたい。彼女たちが今、無事であるかを。

 不安と期待が胸に渦巻く。

 雪道をひとり、ソーティアは歩いていく。


  ◇


 カディアスへ向かう途中のことだった。

「おい、そこのお嬢ちゃん。止まりな」

 下卑た男の声がした。

 声のした方を向くと、怪しげな大男が数人、道を塞ぐようにして立っていた。ソーティアは白いフードを目深にかぶり直し、警戒の目で相手を見る。

「……何ですか。わたし、急いでいるのですが」

「冬の道は危ないぜぇ? 俺たちと一緒に行かねぇか?」

「お断りします」

 そのままそそくさと男たちを振り切ろうとしたが、前を塞がれる。

 ソーティアの手がローブの懐に伸びた。そこにあるのは、前に双頭の魔導士からもらった炎の指輪。

 魔法を使うことのできないソーティアでも、これがあれば。

 魔法素マナの動かし方は、誰よりもよく分かっているから。

 男が値踏みするような目でソーティアを見る。

「なぁ、そんなこと言わないで……俺とくっつこうよ。あったかいよぉ?」

「邪魔です」

「なぁ……」

 自分に触れようとした男を、ソーティアはめいっぱいの力で突き飛ばした。

 炎の指輪を指にはめ、凛、とした声を上げる。

「どきなさい! わたしは炎の魔導士です、どかないと火傷どころでは済みませんよ?」

 声を上げながら、ソーティアは己の変化を感じていた。

 アリアたちと出会う前。彼女は内気で臆病だった。こんなことなんて言える子ではなかった。それなのに。

 今は人間たちとも、しっかりと向かい合える。アリアたちとの日々は、ソーティアに確かな力を与えた。

 男が怒った声を上げる。

「何だとてめぇ! せっかく人が優しくしてやろうって言ってんのに!」

「そういうのを……余計なお世話というのですよ」

 ソーティアはフードを外した。あらわになる、純白の髪と赤い瞳。イデュールの民である証。

「わたしは迫害されしイデュールの民……。でも、舐められたら困ります。わたしにだって、出来ることはありますから」

「呪われし民だ! やっちまえ!」

 言葉を聞かずに向かってきた男たちに、ソーティアは指輪を向けた。

 頭の中で瞬時に詠唱を組み立て、放つ。

「冬の日差しの中にも宿る、確かな炎よ。寒さに凍える勇者たちを癒しておくれ」

 飛び出したのは、炎の布。それは男たちに巻き付いた。熱さと痛みに雪の中を転げまわる男たちを無視し、ソーティアは先へと進む。

 いずれはあの炎も消えることだろう。こんな奴らに構っている暇などない。

「双頭の魔導士さま。ありがとうございます」

 小さく感謝の言葉を呟き、ソーティアはその場から立ち去った。


  ◇

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