10-Aー10 終 さよならは笑顔で

 神木は燃えたが、致命的な程ではなかったらしい。ただ、しばらくはエルナスの笛を作るのを控え、じっくりと回復を待つ必要があるとのこと。カルダンは腕に軽い火傷を負っていたがそれ以外に目立つ傷はなく、流石のアルテアは無傷だった。死者も出ず、ただローゼリアの放った麻痺毒で動けなくなった者が数名出たとのこと。

「あの双子は、永久追放が確定した」

 難しい顔でアルテアが言った。

「だが、それでも町の負った傷は治らん。せっかく誤解が解けたばかりなのに……大変なことになって済まないな」

 ベッドに強制的に寝かせられたアリアはううんと首を振る。

「アルテアさんのせいじゃないよ。あれはシドラたちが一方的に悪いだけ!」

「でも……」

 どうしても悪くなる空気。

 そこへ。

「アリア、ヴェルゼ! 頼まれていた笛、完成したぜ!」

 左腕に包帯を巻いたカルダンが現れた。その手にあったのは、精巧な作りの一本の笛。

「この笛さ、もう完成してたんだよ。渡そうって思ってたらあんなことになっちまって、渡しそびれたんだ! 受け取ってくれ!」

「ありがとう」

 受け取った笛は細く繊細で、カルダンの職人技が見て取れる。

 これでお店に帰れるな、とアリアは動きだそうとしたが、疲労がどっと押し寄せて動けない。あんなに走ったのは、そして走りながら魔法を連発したのは初めてかもしれない。体力と魔力の両方を使った今回。溜まった疲労も半端ではない。

 その日はそのまま休むことにした。気になることはたくさんあるが、今のアリアでは何も出来ない。

 その夜は、寂しい夜となった。アルテアは町長に呼ばれていなくなって、ヴェルゼも終始無言だった。


  ◇


 次の日になったって、町が燃やされた事件がなかったことになるわけではない。

 重い気持ちを抱えたまま、アリアたちはアルテアの家を出た。

 この町に、もっともっといたかった。けれど依頼人をずっと待たせるわけにはいかない。

 だから、出発することにした。

「……またね、アルテアさん、カルダン」

 暗い声でアリアが言うと、

「またな! 元気でな!」

 それでも明るく、カルダンが返す。

 元気出せよと彼はアリアの肩を叩いた。

「町はおれたちが何とかするからさー。暗い顔してたってしょうがないって! お別れの時くらい笑顔でいようぜ!」

 そんなカルダンに、

「姉貴を、宜しく頼む」

 ヴェルゼが小さく囁いた。

 彼は言う。

「忘れるな。姉貴はお前に特別な感情を抱いている。お前が姉貴を幸せにするんだ」

「え? ああ、うん……」

 困惑したカルダンから、ヴェルゼはすっと離れてしまう。

 ヴェルゼは、何かを諦めているような眼をしていた。

「また君たちに会えて、心から良かったと思っている」

 真面目な口調でアルテアが言った。

「君たちがこれからもずっと幸せであるように、祈ろう。町が落ち着いたらリノールに遊びに行くからな?」

「ええ! 絶対来てね!」

 自然とアリアは笑顔になる。

 こうして、アリアたちはエルナスから去った。因縁の町、追放された町。思い出すことすら苦しかった町だけれど、誤解は融けた、因縁は解決した。

 それでも、もやもやした気持ちが残るのは。きっときっとシドラのせいだ。

 雪の降る道を歩き、アリアたちは故郷からいなくなった。

 雪に映るヴェルゼの影が、ほんの少しだけ、薄くなっているように見えた。


  ◇


 頼まれ屋アリアに帰り着く。帰り着いた先、ソーティアがいた。彼女は何故か、泣きそうな顔をしていた。

 久しぶりの帰郷はどうだった? と問うアリアに、ソーティアは無理した笑顔を浮かべて、答えた。

「フィドラさんの話は嘘でした! 復興してた? 冗談じゃないですよ。あそこは瓦礫の山でした!」

 そうなの、とアリアは頷く。

「期待していただけ、辛かったよね。でも大丈夫よソーティアちゃん。ここにはあたしたちがいるから」

「ええ!」

 笑って、ソーティアはアリアに抱きついた。けれど結局、彼女は泣いてしまった。そんな彼女からもらい泣きしたアリアは、二人で一緒に泣いた。頼まれ屋アリアの女子たちの泣き声が、店の中にこだまする。

 ただ、デュナミスだけが、戻ってきていなかった。

 ヴェルゼは眉をひそめる。

(お前は今、何処にいる――?)

 ヴェルゼの力とデュナミス自身の力によって、この世界に繋ぎ止められている大親友。彼が、ヴェルゼを置いて何処かへ行くなど考えられない。

 まだ因縁に決着がついていないのだろう。そう思うことにして、ヴェルゼは自室へと戻った。


 その後、依頼人に笛を渡したアリアたちは、依頼人についていきたい気持ちを押し殺して店に残った。あの誠実そうな青年が、エルナスの笛でどんな鎮魂歌を奏でるのか。ヴェルゼは大層興味を抱いたが仕方ない、帰りを待っている友人がいるのだ。デュナミスが戻ってきた時、店に誰もいないんじゃ話にならない。

(お前は今、何処にいる――?)

 デュナミスの因縁に決着がつくのは、容易ではないようだ。


【笛の音たどれば ティレイト姉弟編 完】

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