10-Aー8 「「ただいま」」
依頼の笛を作る作業は、カルダンに任された。町の奥にある御神木、エルナスの木を切れるのは一部の笛職人だけだ。父オルトからその座を受け継いだカルダンには、その権利がある。エルナスの笛は、この木からしか作られない。
秋になると鈴型の実が成り、鈴のような音を立てるこの木の本当の名は「ハリンの木」というが、一般的には「エルナスの木」で定着していた。
「いやぁ、緊張するなぁ」
木の下に立ったカルダンは、途端、職人の顔になる。彼の目が鋭く枝を見て、どの枝にするかを見極める。やがて視線が一つの枝に固定され、カルダンは慎重に木を上って枝を切った。
木から降りてきたカルダンは、得意満面だった。
「これだ! この枝こそ、丁度良い枝!」
彼はアリアたちを振り返る。
「本当はさ、今日もうちに泊まってってもらいたかったんだけど……おれ、今日はもうずっと笛作ってるから。アルテアさんのとこに泊まらせてもらって。悪いなー」
エルナスの笛作りは、町の住人にすら見せてはいけないという決まりがある。それだけ秘密の技なのだ。笛作りは、笛職人もしくはその後継者しか見られない。
分かったわとアリアは頷き、神木の下でカルダンと別れた。
ヴェルゼと一緒に向かうのはアルテアの家。両親が死んでからずっとお世話になっている、第二の自宅のような家。
アルテアも今日は警備役を代わってもらって、家にいるそうだ。
雪空を仰いで歩きながらも、アリアは呟く。
「あの家に、まさかこうやって、すべて終わらせて帰れるなんて……」
「感慨深いものがあるな」
隣でヴェルゼが頷いた。
そうやって姉弟は、懐かしの家に帰り着く。
家の鍵は開いていた。
家に入ってからの第一声は、当然、
「「ただいま!」」
◇
家にある暖炉のそばに座って暖まりながらも、アリアたちは久しぶりの穏やかなひとときを過ごした。何度も謝るアルテアに、気にしないでよとアリアは返す。ヴェルゼは終始無言だったが、その顔はとても穏やかだった。
アリアは元気よく話した。エルナスを追放されてからのこと、頼まれ屋を開いたこと、そこに舞い込む様々な依頼のこと……。
「君たちは……結構な経験をしてきたんだな」
カップに注いだ紅茶を飲みながらも、アルテアがほうっと息を吐いた。
「私もたまには長い休暇をもらって……リノールの町に、遊びに行っても良いだろうか」
「もちろん!」
アリアはきらきらと目を輝かせた。
「あのねあのね、ソーティアちゃんって友達がいるの。彼女、とってもいい子なのよ! あとはデュナミスって亡霊! デュナミスはヴェルゼの友達でね……」
とどまることを知らないアリアのおしゃべりは、深夜にまで及んだ。それを、アルテアは相槌を挟みながら、静かに聞いていた。
こうやって穏やかな日々を過ごすのは、何年振りだろう。
ヴェルゼは長くは生きられないらしい。だからこれが最後になる可能性だってある。だからこそ。
一生懸命、今というひとときを、楽しみたいんだ。
アリアの顔はにこやかだったが、どこか必死さのようなものもあった。
ヴェルゼの命が燃え尽きる前に、めいっぱい幸せな思い出を。
やがて、ヴェルゼがアルテアの肩にもたれて、うとうとし始めた。いつもはクールに振る舞っている彼だが、その寝顔は子供のようにあどけない。
いくら大人ぶろうとしていたって、彼はまだ十五歳の少年だ。どうしようもない運命が、彼を大人にしてしまっただけで。
「ふふっ」
アリアはその寝顔に思わず微笑んで、自分の羽織っていたマントを掛けてやった。ヴェルゼは一向に起きる気配がない。
「ねーぇ、おかあさーん」
アリアは甘えた声を出した。
「あたしもさ、おかあさんにもたれて眠っていーい?」
「いいとも」
言って、アルテアは自分の膝を指し示した。
「ほら、私の膝に頭を乗せなさい。おかあさんが膝枕してあげよう」
「わぁい!」
アリアは大喜びで、アルテアの膝に頭を乗せた。数分もしないうちに、そのまま眠ってしまう。
アルテアは姉弟に挟まれて動けなくなったが、満更でもなさそうだった。
三人の様子は、本当の親子のようにも見えたろう。
爆ぜる暖炉の炎を眺めながらも、アルテアはアリアたちが追放される前の日々に思いを馳せていた。
◇
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