10-Aー7 想いを込めて、笛は歌う


 翌朝。

 町の広場に、皆が集められた。

 今こそ、証明すべきとき。あの日の事件で、自分たちは騙されたのだと。

 集まった皆を見て、アルテアが声を上げる。

「皆、集まってくれてありがとう」

 凛としたその声は、冬の空気によく通った。

「では、これより――二年前のあの日、ティレイト姉弟は無実だったのかを皆に問う演奏を始める。アリア・ティレイト、ヴェルゼ・ティレイト、前へ」

 促され、アリアたちは前へ出る。頑張れよとカルダンが声援を送った。

 演奏は一人ずつだ。どちらが先かはもう事前に決めてある。

 ヴェルゼがすっと自分の笛を構えた。そして演奏が始まる。

 流れる音色は超絶技巧の音。「笛の神童」と謳われた彼の実力は、町から追放されても衰えることはない。普段は素直になれないヴェルゼ。だが、彼の音には真心が宿る。

 音色は語った。シドラに対して抱いていた純粋な思い、鮮やかな日々。だが途中で曲調は一変、暗く重苦しいものになる。込められた感情は憎悪と人間不信。かつてヴェルゼの中にあった輝かしいものが、砕け散ったあの日のこと。暗い感情が音にこもる。それらすべてが、超絶技巧の指で語られる。誰もが圧倒されるような素晴らしい演奏である。

 今は涼しい顔をしているが、ヴェルゼはいまだ、あの日の憎悪に囚われていた。それを表すような音色だった。アリアは彼の音を聞いて、改めて彼の抱く憎悪の深さに気がついた。

 やがて演奏が終わる。ヴェルゼは憎しみや怒りを不敵な顔の奥に隠し、笛を仕舞った。

「次は、あたしね」

 アリアは緊張しながらも前へ出る。

「あたしは演奏下手っぴだけど……でも聞いて、あたしの音を」

 笛を構え、息を吸い込む。息を吐きだした後は、

 アリアはもう、自分の世界に入り込んでいた。

 拙い指さばき、拙い音色。子供が練習で奏でるような、そんな下手くそな音。でも込められた想いはどこまでも一途で一生懸命で、飾ったところなど全然ない。アリアはヴェルゼみたいに笛言葉は乗せられないけれど、自分の思ったまま、ありのままのむき出しの想いを音に込めた。

 幸せだった日々。裏切られた時、感じたのは怒りよりも驚き。戸惑うことしか出来なかったあの日のこと。子供みたいな音が懸命に伝える。

 笛の演奏は下手くそでも。音に想いを乗せることは出来る。

 ヴェルゼとは真逆の拙い音が、冬の広場を駆け回った。

 やがて演奏が終わる。アリアは息を切らしていた。

 真摯な瞳で皆を見る。

「どうだった? あたしたちの演奏」

 エルナスの者でなければ、ただの演奏にしか聞こえない。

 だが、エルナスの者ならば。音に込められた思いを知ることが出来るはずだ。

 盛大な拍手が湧いた。アリアたちを囲んでいた人々は皆、笑顔になっていた。

「伝わったよ、君たちの気持ち」

 アルテアがアリアたちに近づきながら、言った。

「音は嘘をつかない。騙されたというのは……本当だったのか」

「本当だもん! 分かってくれた?」

 アリアの言葉に、ああ、とアルテアは頷いた。

「君たちの音……しかと届いた」

「済まなかったな、アリア、ヴェルゼ」

 人垣の向こうから、初老の男性が現れた。彼こそセルーダ・エルナス。この町の長である。

 町長は、言う。

「長い間誤解していて、本当に申し訳ない。こんなのでは罪滅ぼしになるか分からんが……何か希望があるのならば言ってみなさい。我らで出来ることがあれば協力しよう」

 希望。ある。この町に来た理由は、何だったか。

 アリアはヴェルゼと目を見合わせた。ヴェルゼの瞳の奥に同じものを見る。考えていることは一緒らしい。

 二人は、声を揃えて言った。

「「エルナスの笛を、下さい」」

 自分たちは頼まれ屋アリア。寄り道をしたっていいけれど、依頼は果たさなければならないのだ。


  ◇

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