10-Aー6 護法隊長の想い
翌朝。
アリアが、カルダンによってあてがわれた部屋で目覚めると、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「はーい、笛職人カルダンだぜー」
カルダンの声。すると、扉を叩く音が激しくなった。アリアはそっと近づいて耳を澄ませる。
「カルダン? ちょっと家に入れてくれないか? 確認したいことがあるのだが」
外から聞こえたのは凛々しい女性の声。
忘れもしない。あの声は、
アルテアの声だ。
カルダンの声に警戒が混じる。
「構わねぇけど……何の用だよアルテアさん?」
「昨日の話だ。この家に怪しげな二人組が入ってきたのを目撃した者がいるらしい。詳細を聞かせてもらおうと思ってな」
怪しげな二人組。自分たちのことだ、とアリアは思う。
ばれないで入れたと思っていたけれど、そう上手くは行かなかったらしい。
カルダンの声に焦りが混じる。
「怪しげな二人組? え? し、知らねぇよそんなの……」
「嘘をつくな」
アルテアの声は険しい。
「お前が嘘をついていることは、簡単に分かる。相変わらず嘘が苦手だな、カルダン・ウィオリュート。ちょっと中に入れさせて貰おうか。断るようなら扉を破る」
「ちょ、ちょっと待てってアルテアさーん!?」
アリアの見ている先、困ったようにカルダンが動き始めた。
見ていられない。勝手に家に入ってきて、迷惑を掛けたのはアリアの方だ。だからこれ以上、友人でもあり大切な人でもある彼を困らせるわけにはいかない。
そう思って、アリアは物陰から飛び出して扉をばぁんと開けた。
「そうよ、あたしよ! あたしが来たの! でもカルダンは悪くないわ。だから彼を責めないで!」
「アリア……」
「……姉貴の気持ちに甘えとけ」
驚くカルダンを庇うように、ヴェルゼが立つ。
やっぱり君たちだったか、と扉の向こうのアルテアが鼻を鳴らした。
燃えるような赤い髪を頭のてっぺん近くでポニーテールにし、瞳は白銀。赤い鎧を身に纏い腰に剣を吊るした彼女は、町の護法隊長にふさわしい威厳がある。
彼女は重い溜め息をつく。
「ここで君たちと出会いたくはなかったな。私は護法隊長の役目として、君たちを町から追い出さなくてはならなくなる。罪人はこの町にいてはならない。君たちの追放はまだ、解けたわけではないよ」
「それについてなんだが……」
「誤解なのよアルテアさん!」
ヴェルゼの言葉に割り込んで、アリアは叫んだ。
「あたしたちは騙されただけなの! ねぇ、信じてよアルテアさん!」
「証拠は? ないだろう。君たちには悪いが……」
「あー……提案があるんだけど。いいか?」
すっとカルダンが手を挙げた。
彼は自分の笛を、手で弄びながらも発言した。
「エルナスのみんなならさ、笛の音には想いが宿るってこと、よく分かると思うんだよ。笛で嘘をつくことは出来ない。笛の音は正直だ。だからさ……」
チャンスを与えてやってくれ、と彼は言う。
「誤解を解くチャンスを、な。町のみんなを集めてさ、そこでアリアたちに演奏してもらうんだ。笛でなら嘘はつけないし、それならあの日の真相が皆に伝わると思うんだけど、どうかな?」
それは、笛作りの町エルナスだからこそ、使える方法。
事件が起こった当時は、混乱していて考えもしなかった方法。誤解だといくら叫んでも、誰も聞き入れてもらえなかった遠い日。でも、今なら。この方法を使えば。
成程、とアルテアは頷いた。
「一理ある。ふむ、町長に掛け合ってみるか」
言って、彼女は踵を返す。
「後で結果を伝えるから、この家から離れるなよ。私だって……君たちが、故意にあんなことやったとは思えないのだ。きっと何か特殊な事情があったのだろう。私は信じているよ、アリア、ヴェルゼ」
去りゆく育ての親を、アリアたちは無言で見送った。
アルテアだって、追放したくてアリアたちを追放したわけではない。ただあの時は、町の護法隊長としてそうするしかなかっただけだ。当時のアリアたちには、己の無実を証明する方法が考えつかなかったのだ。
今回のこれをきっかけとして、和解出来たらいいなとアリアは思う。
アルテアは、自分の母さんみたいな人だから。
◇
その日の夕方。カルダンの家にアルテアが再び訪れた。
扉を開けると、嬉しそうな顔のアルテアがいた。
「やったぞ!」
白銀の瞳に喜びが宿る。
「町長が聞き入れて下さった! 明日の朝、町の広場で君たちの無実を証明する場が設けられる。そこで……聞かせて欲しい。君たちの音を、本当の気持ちを」
ええ、とアリアは頷いた。
「証明してみせるわ! ……ありがとうね、おかあ、さん」
「……そう呼ぶのは、全てが終わった後でだな」
恥ずかしそうな顔をして、アルテアはいなくなった。
さて、とアリアはカルダンを見た。
「あたしさ、まだ笛の演奏、下手くそなの。でも明日までに何とかしないといけないし? お願い……また、教えて!」
そして、ヴェルゼも混じってアリアの猛特訓が始まった。けれど才能のない彼女は、ヴェルゼやカルダンがいくら丁寧に教えてもなかなか上手くはならない。それでも懸命さだけはあった。
練習は深夜にまで及んだ。その日、カルダンの家の周りでは下手くそな笛の音が鳴り響いた。
これが終われば、この町の因縁と決着をつけられる。無論、本来の目的を忘れたわけではないけれど。
アリアの胸は、様々な思いに揺れていた。
◇
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