10-Aー5 再会のひととき

 しばらくして。

 家の扉が、開いた。早まる鼓動。扉の向こうから姿を現したのは、大柄な影。癖のある赤髪と、まんまるな緑の瞳。身体は大きいくせに繊細な指。見間違いようもない、

「……カルダン」

 アリアは目を大きく開いて、満面の笑みを浮かべた。

 アリアたちを見たカルダンも、嬉しそうな顔をする。

「アリアぁ! ヴェル」

「大声を出すなッ! 再会を喜びたいのは山々だが、こっちは追放された身だからな!」

 そのまま叫びそうになったカルダンの口を、大きくジャンプしたヴェルゼが反射的に抑える。彼は溜め息をついた。

「変わらないのは嬉しいが、あのな、お前な」

「ごめんごめん! 悪かった!」

 カルダンは困ったように頭を掻いた。

「あぁ、でも嬉しいぜぇ。アリアとヴェルゼ! おれの大親友! あの日さ、もう二度と会えないかもって思ったんだ。アリアたちは追放の身だし、おれはこの町から離れられないし。なのに、そっちから会いに来てくれるなんて! しかも新年早々!」

「色々と事情があったんだよ……。とりあえず、玄関口で話すのやめような?」

「だな! お茶淹れてくるー!」

 カルダンはにこにこ笑いながら、家の奥に消えていった。

 彼はとても嬉しそうだった。こんな状況でなかったら、大声で叫んでいたことだろう。それが許されない状況なのが、もどかしそうだった。

 もしもこのまま全て上手くいって、この因縁に決着を付けられたのならば。大きな声で、再会を祝うことも出来るのだろうか。

 しばらくして、カルダンが三つのカップを器用に抱えて戻ってきた。カップには温かな湯気を上げる液体が注がれていた。とても良い香りがする。

「はぁい、お待たせ!」

 太陽のような笑顔を浮かべたカルダンが、カップを差し出す。ありがとうと礼を言い、アリアたちは少しずつ話し始めた。町を追放されてからのこと。頼まれ屋を開いたこと。そこでこなした様々な依頼、新しい仲間であるデュナミスやソーティアのこと……。

 話を聞いて、カルダンは驚いた顔をしていた。

「結構……すっごい経験してきたんだなぁ」

「カルダンは? 何があったのか聞かせてよ。そう言えばオルトさんは?」

 オルトというのはカルダンの父親で、高名な笛職人である。アリアたちも、何度も遊んでもらったことがあった。カルダンはその父親の後を継いで、笛職人になるのだ。

「親父は……親父は、なぁ」

 カルダンの顔がふっと暗くなる。

「死んだよ。去年、病気で」

「そう……」

 オルトはかなりの歳になってから子供を作ったらしく、アリアたちの最後の記憶にある彼はかなりの歳になっていた。この家に来た時、オルトの気配がしなかった。騒がしい客人が来るといつも文句を言っていた彼が、出てくることもしなかった。ある程度は予想出来ていたことではある。

 あの気難しい老人が、死んだ。予想出来てはいても、それはとても寂しいことだった。

 アリアは頭を下げた。

「ごめん。あたし、酷いこと訊いた」

「気にすんなって!」

 そんなアリアの肩を、カルダンはばんばんと叩く。それに合わせてアリアの身体もぐらぐら揺れる。

「まぁ、そんな訳で。おれが、エルナスの木を切れる笛職人の後を継いだってわけ」

 あとは、と続ける。

「おまえたちがいなくなってからさー、アルテアさんはめっちゃ厳しくなったし、余所者は絶対に通しちゃ駄目だってルールになったし……何か、変わっちまったよ、みんな。おまえたちが追放される前の時期が、一番楽しかったなぁ」

 かつて、エルナスはそこまで排他的な町ではなかった。

 町が変わったのは、あの事件の影響もあるのだろう。

 過ぎた日々を懐かしみたい想いはある。だが、そろそろ本題に入るべきだろう。

「えっと、カルダン」

 アリアは切り出した。

「本題に入らせてもらうわね。あたしたちがこの町に戻ってきたのは、お店の依頼のためなのよ」

 その依頼を果たすためには、カルダンの存在は必須だ。

 何故なら、今の彼は、正式な笛職人だから。

「あたしたちは、依頼人から『エルナスの笛が欲しい』と頼まれた。だから、あなたにどうしても協力してもらいたいの」

 たとえカルダンが笛職人見習いの状態だったとしても、エルナスの木や笛について詳しい彼の存在はとても助かる。

 了解、と彼は頷いた。

「確かに、それならおれの専門だな! いいぜ、任せとけ。何かいい方法考えといてやるからさー!」

 ありがとう、とアリアは礼を言い、依頼人から預かった笛を差し出した。

「依頼人さん、笛の奏者なの。でね、職人さんに自分の笛を渡して欲しいって。そうすればどんな笛を作ればいいか分かるだろうって言ってたわ。だからあなたに渡しておくわね」

「おおー、それは腕が鳴るなぁ!」

 渡された笛。カルダンの緑の瞳が、匠の輝きを帯びて笛を見る。図体の割には細い指が何度も笛を触り、様々な情報を読み取っていく。

 しばらくして、彼は笛を懐に仕舞った。

「ま、細かいことは後だ、後! アリア、ヴェルゼ! お腹空いてないか? 何か作るぜ!」

 そういうことなら、とアリアが手を挙げる。

「あたしが作るわよ。台所の場所は分かってるし、カルダンは座って待ってなさいよ」

「えぇー、せっかくお祝い料理作りたかったのにー」

「あたしが、あんたに! 久しぶりに手料理を振る舞いたいのよ!」

 言ったアリアは顔を赤くして、台所へ消えた。

 幼馴染のカルダン。底抜けに明るくて、大らかで。

 そんな彼に対して、彼女の抱いている特別な思いには、もうヴェルゼは気付いていた。


  ◇

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